幸福論

□幸福論T
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10月10日、今、私は飛行機の中にいる。

一週間前、ずっと仕事仕事で心身共に疲れていた私は、
じゃあ、帰ってらっしゃいよという両親のすすめで実家に帰ることにしたのだ。

数年ぶりに帰る故郷に懐かしさを感じながら、そして、現在に至る。




「お飲み物はいかがですか?」




客席乗務員の人に声をかけられ、窓に向けていた視線をそちらに向ける。

反射的にけっこうです…と愛想笑いをしながら、最近よくボー…としてるなあと思って小さく苦笑いを浮かべた。




《…なお、携帯をお持ちのお客様は、他のお客様のご迷惑になるため…》




ボー…としていたせいで内容が聞きとれなかったアナウンスに気づいた私は、上着のポケットから携帯を取り出す。

10/10と表示されているのをみて、そういえば今日はナルトの誕生日だなあ…と、ふと思い出した。




『(ハッピーバースデートューユー♪……なんてね、)』




心の中で無意識に歌ってしまった歌にまた苦笑いして、私は窓に視線を戻す。

私は後ろから2番目の窓側の席で、一人座っている。
変な顔を誰かに見られなくてよかった…と、この席になったことにひそかに感謝した。

それにしても暇だ…。
携帯の電源をきったことで何もすることがなくなり、手持ち無沙汰になる。




『(何か面白いことないかな…)』




あまりにも暇すぎて、そんな考えが浮かぶ。
だが、アスカは知らなかった。




すぐにその考えを後悔するような悲劇が、自分に降りかかるということを─────…………










「動くなっ!!」




突然、後ろの席の男が大声を出して立ち上がった。

それと同時に私の頭になにか冷たい感触があたり、え…何?と困惑する。
あまりに突然のことで、唖然としながらいつのまにか横に立っている男に眉を寄せながら仰ぎ見る。




男の手には、銃が握られていた。




……え?




完全に思考がフリーズする。

異変に気づいた周りがどよめいたところで、男と同じように武装している人達が、銃を持って立ち上がり乗客を威圧しているのが視界に入る。

男が、偽物じゃねえぞ!!とわめいて、さらに強く頭に銃を押し付けられる。

近くの席の女性が、何人か悲鳴を上げ始める。




現実とは思えない目の前につきつけられる光景に、驚きと恐怖と後何かがあって、私は目を見開き動けずにいた。


なにこれなにこれなにこれなにこれなにこれ…!!
恐怖のせいで喉に何かが引っかかっているような感覚に、声が出ない。




ハイジャック




マスクを被っているので素顔が見えない男達。

乗客全員が声を押し殺して、男達が動く音だけがしめるこの緊迫した空気に圧迫されそうになる。

すると、男の一人が操縦室らしきところに入っていったのが見える。何か大声で言い合いになっているのがこの客室にまで聞こえてきて、

そして────………




「ひッ…!」




思わず出た恐怖の反応に、慌てて片手で口元を隠す。


聞こえてきたのは、……銃声音…


いまだに自分の頭につきつかれている銃と、すでに引き金にある男の指に体の震えが止まらない。

そんな時、青年が何か棒のようなもので近くの男を殴った。
何て無謀な!とアスカは驚きで目を見張るが、それに続こうと何人かが立ち上がろうとする。すると、


再び、……銃声音…


その青年は赤い飛沫と共に倒れ、……動かなくなった。




「いやぁあああああ!!!!」




青年の隣に座っていた女の人の絶叫が、緊迫した空気に響きわたる。
私の体は小刻みに震えて、必死に自分の二の腕を掴んでおさめようとするも無駄に終わる。

だがそれにも反して、私の心は自分でも不思議なぐらい落ち着いていた。




この時、私は予期していたのかもしれない。

…自分が、もう、助からない事を………




「おい、見せしめだ!!適当に何人か殺れ!!」




突然、自分に銃を向けていたどうやらリーダー格らしき男がそう言うと、近くで次々と銃声が起こった。

躊躇いなど無いその仕打ちに、この人たちは本当に人間なのだろうかといった疑問まで浮かぶ。

次々と赤い飛沫と共に倒れていく人の姿をみて、今更ながらこの光景が現実だとは到底思えなかった。

その間飛行機が進行方向をかえたのか、大きく揺らいだ。


それに気をとられているうちに、…静かになった。

自分のすぐ近くから銃声が聞こえてきた後に……。


……そう…すぐ、近く……




時間が突然とまったようにゆっくり自分は倒れていく。
頭が痛い気もする。赤い何かが周りを飛んでいる気がする。

そしてそのまま、私は体を、深く、シートにあずけた。ああ、そうか…赤いのは血か……

そう気付くと、自分は撃たれたんだとまた気付く。

視界にうつる自分を撃った男は、また他の乗客にへと銃を向けていた。

その時、ふと、本当にふと、銃口を向けられたとき驚きと恐怖ともう一つはなんなんだろう?
と、朦朧とした意識の中でそう考える。


そして、再び気付く。




それは…… 期待 この平凡な人生への終止符を打てるかもしれないという歓びの感情…




『なんだ……そうか…』




そう呟いて、段々重たくなっていた瞼をおろした。
初めてあじわった何か爽快感と共に、頬に流れた涙が………落ちる。
平凡な人生を歩んできたと思う私の、最初で最後の非平凡な瞬間。




(それはあまりにも残酷で…)

(自分にはありえない事だと思ってた。)


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