煌めきの彼方

□白き乙女の腕〜かいな〜
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「お嬢さん…やさしいお嬢さん…
私の話をきいておくれでないかい?

この老いぼれの語る昔話を…」

見えない目を精一杯に開き
せつなく哀しい微笑を浮かべてその老女は昔語りを始める。

それは今から20数年前のお話…
悲しく切ないお話。



暖かい陽射しが差し込む二人の寝室で、
ノリコは翼の剣を柔らかい布で綺麗に磨いていた。
この剣は彼女にとって最愛の人の翼を模した剣だからだろう。
彼女は自然とそうするようになったのである。


その翼の見事な意匠はとても細かく
翼の一つ一つをかたどっていて、
それなりに神経を使わなくては磨き上げることができない。

それでも彼女はそれすらも楽しい作業なのだと言わんばかりに
この作業を行っている。

ノリコの足元では二匹の子獣たちがじゃれあいながら
この大切な主を見守っていた。

二匹にとってノリコはその命を賭けてでも守りたい大切な存在である。
一度は失った主との平穏な生活は、
二匹にとってかけがえのないものとなっていた。
そしてノリコの夫である黒髪の美丈夫にとってもまたそれは同じである。


ノリコは機嫌よく優しい手つきで剣を磨いていた。

そしてふと翼の枚数が左右同じでないことに気づいた。
なぜか片方の翼の一番下に付け足されたかのように一枚翼があるのである。
不思議に思った彼女はその翼を触ってみると、
まるでその一枚の翼は意思があるかのように彼女の手の中へと
すとんと滑り落ちてきた。

これにあわてたのはノリコである。


「うそ・・・
私そんなに力を入れてたわけじゃないのに」


唖然とした彼女はしばし硬直している。


(ど、どうしよう・・・こわれちゃった・・・しかも翼の部分)


ノリコの動揺を瞬時に悟ったイザークがあわてて寝室へとやってくる。
そして硬直して固まっているノリコに心配そうに声をかけた。


「どうした、ノリコ?なにかあったのか?」


イザークに声を掛けられて硬直していたノリコは
おそるおそるその目をイザークのほうへと向けると
手の中にある翼を彼に見せる。

そして今にも泣き出しそうな声で呟く。


「ど、どうしよう・・・これ・・・外れちゃった・・・」


ノリコが差し出した手の中を除き見てイザークも絶句する。
さすがにこれでは動揺するなというほうが無理だ。

イザークはそっと指でその翼をつまみ上げると光に透かし
どこが壊れてしまったのかその原因を探るように眺める。

そのとき足元でゴルヴァが一声鳴いた。

ノリコのあわてた様子とは対照的に二頭の子獣は涼しい顔である。
姫の光の剣が壊れたにもかかわらず
彼らはまるで何もなかったかのように静かである。

そしてシルヴァもまたやさしく鳴く。

二頭の様子に奇異なものを感じたイザークは
もう一度はずれてしまった翼を光に透かしよく見てみる。
何かに気づいた彼はクスッと小さく笑うと
ノリコに悪戯そうな瞳を向ける。

そしてふっと微笑むと優しく彼女に告げた。


「ノリコ、よくこの翼の付け根の部分を見てみろ」


そういうとそっとノリコに手渡す。
訳も分からずそれでもイザークから外れた翼を受け取ると
ノリコは先ほどイザークがして見たように光にすかしてみる。

するとイザークが言った付け根の部分に
小さな紐ならなんとか通りそうな穴が開いている。
ノリコは手の中の翼と剣についている翼をあわてて見比べてみるが
訳がわからないという顔をしている。

耐えかねたイザークがくっくっと笑い出すと
それにあわせるように二頭の子獣たちも小さく鳴いた。


「ノリコどうやらそれはその剣の装飾ではなくて
首などにかける飾りのようだな」

「え?飾り?
首飾りとか腕飾りとかそういうものってこと?」


ノリコはますます訳がわからないという顔をしている。


「どうしてそういいきれるの?イザーク」


イザークは翼の根元部分を指差してノリコに説明をし始めた。


「ここに穴が開いているだろう?
その穴の大きさがちょうど紐と同じになってる。
ガーヤがつけている首飾りの穴の大きさと大体一緒だ」


イザークの説明にノリコはもう一度翼の飾りに目を向ける。
そしてしげしげとその穴を見てみると
それがイザークの行ったとおりの大きさであるとわかった。
それがわかると途端に硬直して青かった顔がふっと緩み
ほっとした表情を浮かべる。


「よかった・・・壊れたわけじゃないのね・・・
これは大切な剣だから
もし壊したらどうしようかとすっごく心配したの」


安堵した頬はうれしそうにばら色に輝き
それはやがて輝くばかりの笑顔へと変化した。

その笑顔をみるとイザークも二頭の子獣も
そのあたたかさに包まれるような感覚に陥る。

それは決して嫌なものではなく
むしろ心地よいものであった。

イザークは思わずノリコを抱き寄せ、
二頭の子獣はその足元へと身体を擦り寄せる。

ノリコの笑顔の魔力は
この一人と二頭には絶大なる力を発揮するようである。
微笑み耐えぬ小さな家の寝室の窓から差し込む暖かい光が、
二人と二頭をやさしく包み込んでいた。



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