月下氷華

□月の雫シリーズ番外編 月の涙
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深い群青色の空に浮かぶ月は、暗き闇夜を煌々と照らす。
そのまばゆい光に、自分の室で読み物をしていた弁慶はふと気づいた。
部屋に差し込む月明かりは明るく辺りを照らし、闇の深さを感じさせる。

(まるで僕の心のようですね)

自嘲気味な笑みをその口元に刷くと、弁慶は室の外へでて明るい夜空を見上げる。
空には星も輝き夜の静けさを一層引き立てる。

あまりの月の美しさに時間を忘れて天を見上げる弁慶。

その彼の視線をふっと何かが過ぎった。

その目の前を通り過ぎたものに視線を移して弁慶は怪訝な顔をする。
淡く輝く蝶。
この季節にいるはずのないものが彼の目の前を通り過ぎたのだ。

彼はまるで誘われるように蝶の後を追っていた。
蝶が行き着いた先には彼にとってこの世でただひとつ守りたいものが、
先ほどの彼と同じように月を見上げ佇んでいる。
その人のそのあまりにも切ない表情に彼は息を呑む。

(月に何を思っているのですか?きみは…)

弁慶は心に浮かんだ疑問をそのままに足音を消してその人へと足を進める。
そしてその人を背からそっと抱きしめ、やさしく囁いた。

「何をそんなに月に思うのですか?望美さん」

やさしくはあるが突然抱きしめられ、
月に心を奪われていた望美は驚いた声を上げる。

「べ、弁慶さん!もう、びっくりするじゃないですか!」

どこか照れたように怒ったように言う望美のそのあわてように、くすっと弁慶が笑う。

「すいません、驚かせてしまいましたか。

でもきみがいけないんですよ?

あまりにも熱い瞳で月を見つめるから。

思わず僕を同じように見つめてほしくて、抱きしめてしまいました」

さらっと、本当にさらっと甘い言葉を囁かれ、
望美は顔を真っ赤にすると言葉をなくし俯いてしまう。

そんな望美にさらに追い討ちをかけるように、弁慶は望美の顎を慣れた手つきであげた。

そしてその唇にやさしい口付けを落としながら囁く。

「本当にきみはかわいい人ですね。

月にみせるのももったいないくらいに…ね?」

立て続けにささやかれる弁慶の甘い言葉に望美は手も足もでない。

ただただ弁慶に翻弄されるままであった。

(やっと僕だけをその心においてくれましたね)

月にまで妬いてしまう自身にあきれながら、
それでも弁慶はその顔に満足そうな微笑を浮かべる。

そして望美を促すと、庇へと腰掛け二人で明るく輝く月を見上げる。

「きれいな月ですね。

こっちへきて月がこんなに明るいことを初めて知りました」

望美は月を見上げながら楽しげに話し出す。

彼女の世界は夜も明るく、月の輝きを感じることはなかなか難しい。
この世界の夜の闇の中でこそ月は、
誰しもがその存在を感じることができるのである。
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