月下氷華

□月の雫シリーズ 淡月―見え始めた影―
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 淡く輝く月を見上げ弁慶はひとつ息を吐く。
再び望美の体調が崩れ始めたのだ。

望美の様子をみながら彼は望美の部屋の前の階にたつ。

龍脈の穢れによる体調の崩れのため、
弁慶がいかに薬師だとしても手の施しようがない。
ただ心穏やかに休む、それしかないのである。

そこへ足音を忍ばせたヒノエが訪れた。


「姫君の調子はどうだい?弁慶」


「ヒノエですか…あまりよくはありませんね…

病とは違いますので…ね。

薬もききませんからね」



どこか顔色のさえない弁慶に彼のやるせなさを感じるヒノエである。


「ところであんたに頼まれていた件だけど…

捕まえたよ。どうする?」



ヒノエの報告に弁慶の目が光る。


「やはり間者が入り込んでいましたか…

で、なんていってます?」


「ああ、あんたがいってたとおり、

どうも例の女がからんでいるようだね…」


「やはり…そうですか…

しかしあの方はいったいどういう方なんでしょうね?

ヒノエ何か知りませんか?

景時が自分の心を殺してまで遣えるというのが…

僕にはどうも納得ができないんですが…」



ヒノエは何かを考え込むように視線を彷徨わせると、
意を決したように話し出す。


「それなんだけどね…

以前から鎌倉に送った烏がよくつかまるんだよね?

他ではほとんどつかまらないのに…だ。

別に力なきものを送っているわけじゃない。

でも捕まる…もうすでに何人もね…

そしてまあ、鎌倉とて熊野と事を起こすことを

是と思っているわけじゃないから戻って来るんだが…

烏が一様に報告するのは、何かに見られているようだと…

人がいないのに視線を感じる…

そんなことをいいだす始末なのさ…」


ヒノエが話し出したことを弁慶は顔色も変えず聞いている。

その様子にヒノエが少し焦れたように呟く。


「なんだか知っていたようだね?」


弁慶は薄く微笑むとそんなことはありませんよ?などと嘯く。


「まあ、いいさ。

で、その視線ってのがあの女に関係があるんじゃないかと

俺はにらんでる」


「あの方に…ですか?」


「ああ、まあ、これはうわさでしかないが、

鎌倉には神がついているそうだよ?」



弁慶はこれまたヒノエの話に顔色一つ変えない。

ヒノエが舌打ちをしそうな顔をしていた。


「これも…かい?

いったいあんた何を知ってるんだ?」


「べつに何も知りませんよ?

ただそういう推測をしていただけのことです」


「推測?」


弁慶はいつもの穏やかな微笑を浮かべると静かに話し出す。


「景時がなぜ八葉の座を捨ててまで鎌倉方に残ったか…

僕はそれをずっと考えていました。

あの景時にそれほど忠誠心があるとは思えませんでしたからね?

それででた結論をヒノエの情報が裏付けてくれただけのことですよ」



またもすべてを明かさない弁慶にいらつくヒノエだが、
彼は弁慶がそういう人物であることを誰よりも知っているので
あえてせめたり言葉にしたりはしない。

それこそ無駄だからだ。


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