月下氷華

□月の雫シリーズ 朔月―心の月―
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望美たち一行が奥州へたどりついた頃、
鎌倉の景時の邸ではそれでもいつもと変わりなく時間が過ぎていた。

平家との戦が激しくなるにつれて、
景時はそのほとんどを京で過ごすことが多くなり、
その間こちらの鎌倉の邸は景時の母が一人で守っていた。

当然京の邸とは違い家人をそれなりに雇わなければ邸を守って行くことはできない。
だが、景時は本来の慎重な性分から、先代からの家人をそのままここ、
鎌倉邸においていた。

だから家人はみな景時や母親と気心の知れたものばかりである。

今、景時は鎌倉に戻っている。

壇ノ浦の戦いの後、源九郎義経を討伐するためである。

頼朝の狙いは九郎そのものでもあったが、
その先に奥州平泉をも見定めていた。

九郎を平泉へと追い立てることで
源氏が平泉と戦を起こす口実を手に入れようとしているのである。

それが解っているがゆえに景時はあえて頼朝の元へと残った。

そのために八葉の証である宝玉は失ったが、
それすらも彼の考えを変える事はできなかった。

それほどに景時が心に秘めたものは、強くそして悲しかった。



景時が書き物をしているとき丁度家人が景時に来客を告げた。


「景時様、頼朝様からのお使いのかたです」


御簾の向こうから声をかけるのは、
景時がそれでも絞り込んだ家人の一人である。

長年梶原家に仕え、今もまた下働きから、
時にはこういった先触れの役までこなす
景時が最も信じている者の一人で名を源次郎という。

景時はその源次郎の声に書き物の手を止めると、穏やかに答える。


「わかったよ、客間に通しておいてくれないかい?」


誰であっても偉そうな態度はとらない景時である。

どこかいつもより元気がない声音を心配しながらも
源次郎は返事をすると御簾の傍から離れて、
自分に科せられた仕事を果たしに行った。
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