月下氷華

□月の雫シリーズ 臥待月―そういえばこんなこと―
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ヒノエが平泉に到着してから2、3日は穏やかに日々は過ぎていった。

だがその穏やかなはずの日々のなかでも、
悪意に満ちた罠はそれとはわからないように、
しかし静かに確実に広がっていった。

その悪意はほんのわずかにその姿を表し望美を襲った。


いつものように高館の望美の室へとまかりこした銀が
室の中へと静かに声をかける。


「神子様、お目覚めでございますか?」


それは毎朝の儀式のような会話。
その声音ひとつ変わらず伝えられる言葉。
ただ静かである。

その言葉にいつもならば
その声音とは対照的な明るく元気な声が返ってくるはずであった。

だがその朝、
返ってきた言葉にはいつもの明るさも元気さもなかった。

あったのはそれと反対の弱く、はかない声音。


「あ…銀。おはよう…」


なんとか明るい声を出そうと望美は精一杯がんばっていたが、
それでもその声はやはり弱弱しい。

聞いたことがない望美の弱弱しい声音に
驚いた銀はあわてて言葉を返す。


「大丈夫ですか?神子様。
おかげんがよろしくないのですか?」


望美は褥から身体を起こすこともままならないほど、
自分の身体から力という力が抜けているのを感じる。

どうがんばっても身体を起こせそうにないことを感じた望美は
素直にそれを言の葉へと乗せる。


「うん…風邪でもひいたのかな…
ちょっと起きれないみたい…」


銀は望美からそう告げられると、
いたわるように望美へと伝えた。


「わかりました。
では薬師殿をよんでまいります。
しばらくお待ちくださいませ」


銀がすぐにその場を立ち去る音が聞こえる。


望美は昨夜まではまったくといっていいほど感じなかった身体の変調に、
心当たりがないか考えてみるがやはり何もない。

なぜこうも急にこれほど身体がだるく
力が抜けたようになってしまったのか
まったく見当がつかない。

風邪かとも思ったが、それらしい病状は自覚できない。
せきが出るわけでも、鼻水がでるわけでも、
ましてや熱があるようでもない。

望美はわけのわからない自分の身体の状態に不安を抱いていた。

一人褥に横になっているとだんだんと心細くなってきて、
思わず自分の身体を強く自身で抱きしめた。
まるでそうすることによって
少しでも心細さがなくなればいいとでも思っているようだ。


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