月下氷華

□月の雫シリーズ 凍月―心に差す闇―
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望美たちが御館の邸、伽羅御所から高館へと戻った時、
高館の前にはみなれた馬がつながれていた。


「あ、あの馬もしかして…」


そう言った望美の目をいきなりあたたかい手でふさぎ、
悪戯な色を帯びた聞き覚えのある声が小さく呟く。


「誰だと思う?」


その声を望美が忘れるはずもない。


「誰だじゃないでしょ?ヒノエくんだよね」


そういうと望美は目隠ししているヒノエの手をはずし上を見上げた。
ヒノエと視線がまっすぐに合う。


「久しぶりだね、姫君」


「今日こっちに着いたの?
じゃあ、一緒に平泉まわろうか?」


「いや、姫君たちが留守だったんでね、ひととおりは見て回ったよ」


「なんだ…残念。
ところで…熊野は大丈夫?」


心配そうに熊野のことを聞いてくる望美に、ヒノエは淡く微笑む。


「ああ、大丈夫だよ。
そっちが一段落したからこっちへ来たのさ」


「そう…よかった」


望美は心底ほっとしたように呟く。

ヒノエが八葉だったために今回の戦に熊野を巻き込み、
なおかつ熊野さえも源氏ににらまれてしまったのだ。


熊野はもともと独立していたため今回の源平合戦でも基本中立を保っていたが、

望美たち一行が追われたためにその中にいたヒノエは否応なく巻き込まれてしまった。


そして望美たちを逃した後、その後始末のためヒノエは熊野へと戻っていたのである。

必ず望美たちの元へ戻ると約束して。

ヒノエは望美の傍にいる仲間たちを眺める。

そこに一人見覚えのない人物がいた。
望美のすぐ傍に控え、
望美の様子を見守っている人物だ。

銀の髪、紫苑の瞳…その容貌は望美と戦い海に沈んだ平家の将を彷彿とさせる。

だが瞳の輝きはかの将よりも穏やかで、唯一違うところともいえた。
ヒノエは眉間にわずかにしわを寄せると望美に尋ねる。


「望美…あいつは?」



ヒノエはその目線だけで男を見やり望美に促す。
望美はやわらかく答えた。


「ああ…彼は銀。
泰衡さんの郎党の一人で、私の護衛をしてくれてるの。
銀、私たちの仲間でヒノエくんよ」


銀と呼ばれた男はヒノエの前まで来ると丁寧にお辞儀をした。


「奥州藤原泰衡様の郎党の一人、銀と申します。
神子様の身辺護衛をさせていただいています」


その顔には微笑が浮かんでいるが、どこかはかなげなようにヒノエには見えた。


「俺はヒノエ。よろしく銀」


「ここで長話をしているのもなんですから中に入りませんか?」


弁慶がひととおり挨拶が済んだのを見ると、皆を促し、
ヒノエをはじめ皆は高館へと入っていった。



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