星光夜想曲
□腕の中にある幸せ
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日が沈んでも戻らない兄を心配して朔が、
邸の渡殿をいったりきたりしている。
その様子を伺っている黒龍もなにやら落ち着かない風である。
(もう…兄上ったら…
あれほど遅くならないでくださいって言ったのに…)
心の内で文句を言いながら、
朔は兄が帰ってきたら懲らしめてやろうと思っていた。
庭では黒龍と飾った木がそこだけ他とは違った風情をかもし出していた。
望美の世界のクリスマスツリーにはきっと及ばないのだろうが、
それでもこれを見たらきっと自分の対は喜んでくれるだろうというくらいには
がんばったつもりだ。
もちろん、その対は自分の世界へと帰ってしまったので、
この朔と黒龍が飾りつけた木を見ることはないのだが…
それでも想いだけは届くと信じている。
それが対だからだ。
月が中天に輝き光を投げかけているのに
いまだ帰らぬ兄を心配するあまり朔はいやな想いに囚われる。
望美が自分の世界へ帰ってしまってからの景時は
妹の朔から見ても明らかに沈み込み、
生きる希望をなくしているようにすら見えていた。
もしかしたら…そんな自分を儚んで…
などと兄が武士であることすら忘れ去ってしまっている朔である。
そこへなんとも能天気な声が響く。
「朔、ただいま〜遅くなってごめんね〜♪」
景時である。
朔はキッと目を吊り上げると兄の声がするほうへと
普段ならば決してしない、不調法であることは百も承知で、
音など気にせず走っていく。
めずらしく朔の足音が渡殿に響く。
黒龍もあわててその後についていった。
朔は兄の姿を見ると少し落ち着きを取り戻したのか、
ゆっくりといつものように歩きだすと手に持っている扇を
開いたり閉めたりしている。その音が静かな渡殿に響く。
「兄う―――」
「朔!!」
今まさに景時をしかりつけようとした朔に
飛びついてくるやわらかい身体があった。
思わず朔は手に持っていた扇を取り落とし、
飛びついてきた人物を見る。
その意外な人物に朔は驚くとともにその顔に満面の喜びを浮かべ、
その懐かしい名前を口にする。
「の、望美…望美なの?」
「うん!帰ってきちゃった!」
朔は思わず親友を強く抱きしめるとうれしそうに呟く。
「おかえりなさい、望美。会いたかったわ」
望美はうんうんと頷くと親友の暖かさをその身に感じる。
その様子は二人の男がやきもちを焼きそうなくらいである。
とうとう我慢しきれなくなった黒龍が
朔の着物のすそを強く引っ張ると朔が取り落とした扇を朔へと差し出している。
顔には不機嫌さがにじみ出ていた。
そんな黒龍の様子に気がついた朔は、
望美を離すともう一度彼女の顔を見つめる。
以前別れたときよりは少し大人びた親友が目の前にいる。
うれしさで涙がこみ上げてきた。