†童話†
□空の詩
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「キラさーん!」
遠くから手を振り回す俺に、キラさんが小さく笑って手を振り返してくれた。
俺がいる位置からは遠すぎて確認できないけれど、少し困ったような、それでいて温かくて優しい笑みを向けてくれているのだろう。
うん。そうに決まってる。
「シン」
亜麻色のサラサラした髪が風に舞って、キラさんの俺を呼ぶ声が小さく聞こえる。
年上とは思えない、柔らかくて甘い声。
記憶を無くして、行き倒れ寸前だった俺を拾ってくれた優しい人、それがキラさんだ。
ーいや、正確には俺が拾った…?
やっとたどり着いた浜辺に倒れていたキラさんを俺が拾って、記憶もなくて行く宛てのない俺をキラさんが拾ってくれたのだ。
助けて、助けられて。
何だか可笑しいねってキラさんが笑っていたのを、今でも覚えている。
そして数ヶ月。
キラさんにすっかり懐いた俺は、そこに未だお世話になっている。それに俺にはここを離れられない理由があるのだ。
ガサッ
「…っ!おっと」
思考を少し前の記憶に向けていると、足元を出っ張った木の根に奪われる。転びそうになった瞬間さっきまで頭のあった位置を何か鋭いものが通り過ぎた。
「…っぶねぇ」
外界から隠れるように建っているこの家の周りは、やたらと木の根なのどの障害物が多い。
そしてその上、何故か異常なほどたくさんトラップが仕掛けてあるのだ。
キラさんに一度理由を聞いたら、一瞬だけ眉を寄せて、その後苦笑いして、
“下手に動き回ると死ぬよ?”
って言ってた…。
キラさんも死にそうになったことがあるのだろうか。
今はもう慣れたけど、最初は何回か本気で死ぬかと思った。
記憶がないから何故か分からないけど、俺は異常に運動神経、特に反射神経がいい。そのお陰で今生きているようなものだ。
そんな思いをしてまで、何でわざわざ森に入るのってキラさんは言うけど、それでも森に入らなきゃいけない訳が俺にはあるのだ。
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