「Suck-A-Rocka」Works

□犬の注射
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ウチではゴールデンレトリバーを飼っている。
7歳になる彼女の名前は「シータ」で、僕の13歳年下の妹が名付け親。
宮崎駿アニメの「天空の城ラピュタ」のヒロインの名前が由来だがなにぶん比較的大型なもので「ラピュタ」の「シータ」とはかけ離れており、その声はPANTERAのフィル・アンセルモが「俗悪」以降の作品で出しているデスボイスのごとし。
こっちがよそ行きの服を着ていようがお構いなしに泥まみれの足形とローションいらずの臭くてネトついた量の多い唾液でコーティングしてくれる。
そんなシータだがこの夏、首の右側が膿んでただれていた。
蚊に刺された部分を掻きむしった部分が遅めの梅雨で悪化したのか、白く膿んだかさぶたにもなっていない2×3平方センチメートル程の面積の傷口はシータの太い首の中でも目立ち、ひどく痛々しい。
近所の獣医に見せる事になったが50目前の母や小柄な妹では30キロはある彼女を運ぶ事は困難なので自分が車で連れて行く事になる。
普段は傍若無人な元気者であるシータだが急に窮屈な動く箱に閉じこめられ不安になったのかやたらと息が荒く、後部座席から「ハッ、ハッ、ハッ・・・」と臭くて生暖かい息を自分の耳に断続的に吐きかけてくる。

病院について重い体を抱えて診察台に載せるとかなり焦った様子で手足をばたつかせるが表面が滑らかな診察台では上手く四肢の爪を立てる事が出来ずに滑ってしまう。
傷口を見た獣医の吉田先生が「人間なら泣き叫んで文句を言う程の傷だ」と言った。

いざ注射をする段階になると観念したのか姿勢を正し、体を固くしている。
涙目で真っ直ぐ前を見たまま、しきりに「お手」をしてくる。
犬である彼女はしゃべる事が出来ないから
そうする事しか出来ないから
何度も何度も黙って涙目で「お手」をしてきた。
針が刺さる瞬間、さらに体を固くしているのが押さえた腕から伝わってくる。

注射が終わって吉田先生が「泣かないでえらい子だ」と言った。

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