ブリキの歴史覚帳
□第二十話 未来の日の本
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ー…パタン…
「……。」
あの騒動から数日
一命はとりとめたものの未だ眠る晴信の部屋に一人現れたのは、神妙な面持ちを浮かべた蛍だった。
「ずっと考えたけど…やっぱりこれが最善の方法やわ。」
「……。」
「卑怯やとは思うけど、許して。」
蛍はそうポツリと自分に言い聞かせるように呟くと、静かにガンウェアを作動させた。
そうして音も気配もなく眠る晴信に、青く光る切っ先を振り上げた…
その時だった。
ー………ガターンッ!!!!!!!!
「!!」
「……何者だ。」
蛍のガンウェアを間一髪でかわし蛍の背後に短刀を突きつけたのは、目覚めた晴信だった。
寝込みを襲ったのにもかかわらずこの形勢逆転の状況に、流石の蛍も驚いたように笑みを浮かべた。
「はは…本気で殺そうと思って殺せんかったのは初めてやわ…それも病人の寝込みを襲って。正直驚いたわ。」
「寝ていたとしても…殺気くらい普通分かるだろう。」
「そんなの普通の"現代"の人間は分からんよ。やっぱりあんたはこの時代の人間やない…"戦国時代"の人間や…。」
ー…キイン!!!!ガンッ…キイン…ガキイイイインン!!!!
蛍が晴信の顔を見てそう言い終わらぬうちに、蛍は再びすばやく晴信に斬りかかった。
晴信はその全てを攻撃を見切っているようで、目にも留まらぬ速さで繰り広げられる攻防に蛍も悔しそうに舌を打った。
「ったく……よう太刀筋が似とるわ。面倒くさい…!!」
「似てる…?お前はなぜ私を狙う!!」
「そんなの…ここがあんたのおるべき場所やないけんに決まっとるやろ!!!!!!」
「ここ……!?」
ー…キイン!!!!!
刀を弾かれ蛍から距離をとった晴信は、やっと周囲の異変に気づいたようであたりに目を向け不思議そうな顔を浮かべた。
「ここは……?それに体が動く…私は病だったはずでは……。」
「残念ながら薬が効いてすっかり回復したみたいやね…まったく厄介やわ。」
「薬…?まさか………」
晴信はその蛍の言葉に、先程弾かれた短刀に目を向けた。
その短刀は紛れもなく自分がこまに託したもので、晴信はそこにいるはずの人物の不在に更に顔をしかめた。
「こまはどこだ……?まさか…おぬし何もしておらぬだろうな……!?」
「教えん。もう会うことなく死んでもらうわ。」
「………状況如何によっては、ただではすませぬぞ。」
「………!!」
その瞬間、晴信の纏う空気が変わったのを肌で感じ取った蛍は、とっさに晴信から距離をとった。
それは蛍の長年の経験からの行動だったが、晴信が丸腰のこの機を逃すわけにはいかないと、蛍は再び斬りかかった。
だが晴信にその切っ先が届くことはなく
代わりに動かなくなったのは、自分の腕だった。
ー…ガッ……!!!!!
「ぐっ……!!」
「答えろ。」
晴信に腕を捕まれた蛍は、今にも自分の腕を粉砕しそうな握力に顔をしかめた。
そこで改めて晴信の怪力を思い出した蛍がふと困ったような笑みを浮かべると、晴信もまた何かに気づいたように蛍を見た。
「丸腰でもこれって…戦でも先陣きれる立場なら十分な戦力になったやろうに勿体無いわ。あの時戦なんかせんで会談にしたんは正解やったんやね……。」
「会談……?やはりおぬし…氏康に仕えていた北条の…ー」
ー…バタン!!!!!!!
「な……何やってるんですか!?」
「「!!!」」
その瞬間、突如部屋の扉が開き駆け込んできたのはこまとその後に続いた御幸だった。
こまは晴信に斬りかかった蛍のその姿を前に、思い切り蛍を睨みつけた。
「晴信さんには手を出さないって言ったのに…蛍さんなんか………大っ嫌いです!!!!!!!!」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「だいっ……きらい…だいっきらい……。」
「…ドンマイ。」
こまのその衝撃の言葉は蛍の動きを止めるには十分すぎるもので、蛍はよろよろと晴信のそばを離れ絶望に打ちひしがれていた。
そんな蛍を気に留めることなく、こまは目を覚ました晴信に抱きついた。
「晴信さん………!!良かった……!!!!」
「こま…無事だったんだな…。良かっ……うっ…」
「晴信さん!!大丈夫ですか!?」
「大丈夫だ…久しぶりに動いて立ちくらみがしただけだ…。」
「……。」
晴信とこまが再会を喜ぶ姿を遠くに見ながら、蛍はそれ以上何も言わずに一人部屋を後にした。
その背中に気づいた御幸が蛍の後を追うと、蛍は廊下で悔しそうに腕を押さえてうずくまった。
「蛍……お前…」
「あの男をもとの時代に戻したらいかん…!!病が治った武田信玄が元の時代に戻ったら信長包囲網は成功、徳川幕府ならぬ武田幕府ができてもおかしくないわ…そんなんなったら……
だからといってこの時代に置いておくなんてこと…本当に出来ると思う?バレたらこまちゃんは犯罪者や……それだけは…駄目や……それならここで殺すんが一番やったのに……。」
「………。」
「御幸によう似た嫌ーなあの剣術と加えてあの怪力…いくらなんでも厄介すぎたわ。」
「お前……その腕……!!」
御幸がそう言って驚いたように目を向けたのは蛍が押さえていた腕。
それはさっき蛍が晴信に掴まれた腕で、手首の部分からはすでに血が滲み出し機械の中身がむき出しになっていた。
「お…おい…痛くねえのかこれ…」
「めちゃくちゃ痛いに決まっとるやろーーー!!!!僕やなかったら廃棄処分か粉砕骨折で入院や!!」
「…だよな。」
「まったく……あのバケモン作り出したんは御幸やろ、責任もってなんとかしてよ。腕修理してもらってくる。」
蛍はそう言うと、痛む腕を押さえたままヨロヨロとその場を離れた。
一人残された御幸はその背中を見送りながら、
どうしたものかと晴信の部屋のドアを前に溜め息をついたのだった…。
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