ブリキの歴史覚帳

□第十七話 赤の兄弟
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ー…ピーチチチ……



「あ…あれ…?私……」




目を開けた先に見えたのは見慣れた休憩室のコンクリートの壁。

そこで自分の目から涙が溢れていることに気づいたこまは、一気に現実に引き戻されたようにもう何度目かわからないくらいその頬を拭った。



(夢だった……ってオチでは無いんだよね。)



「信繁さん…勘助さん…。」



名前をつぶやけばまた視界が涙で滲みだす。

初めから死んでいる人だと言われればそうなのかもしれない、でも彼らは確かに目の前で生きていて、死んでいった。


誰よりも心を痛めながらも気丈に振る舞おうとする晴信の前で泣くことは出来ず、こまはこちらに戻ってから疲れて眠るまで泣き続けていたのだった。



「わっ!!!!!!!!!!!!!!!」

「…うあわわわわわっ!?」


「おおっと危ない危ない〜!!」



突然背後から驚かされ椅子から転げ落ちそうになったこまを支えたのは栞奈だった。

栞奈は倒れそうになったこまの椅子をガシッと掴むと、あっけらかんと笑って言った。



「こまちゃん、今日もう終わりでしょ?飲みに行こうか!!」

「へ……??」







「毎日戦場とシケた職場行ったり来たりしてるばっかじゃあストレスも溜まるってもんでしょ!!使う時間もなくて溜まりに溜まった高給使っておごってあげるから!!」


「い…いえ私は今はそんな気分じゃ……」

「いーからいーから!!私に付き合うと思って付いてきなさい!!」


「か…栞奈さんんん!?」




.......................





強引な栞奈に誘い出されたこまは、連れられるままに栞奈行きつけの居酒屋に到着していた。

そこで席につくなり運ばれてきた大量の美味しそうな料理にこまが目を丸くしていると、栞奈はグラスを差し出しニッと笑った。



「乾杯!!」

「か…乾杯〜……。」


ー…ゴトッツ!!!!


「かああ〜やっぱ仕事終わりにビールはうまいねえ!!嫌なことも吹っ飛ぶでしょ!!蛍と八雲くんには言えないことも今日くらいは女同士気兼ねなく愚痴りなっ?」


「……栞奈さん…。」



こまはそこで栞奈が自分を元気づけようとしてくれていることに気がついた。

栞奈の優しさで目頭が熱くなるのをごまかすように、こまはグラスを傾けた。



「やっぱり深入りするなと言われても難しいです。人が死ぬたびにこんな風になるなんて…まだまだ私も未熟者です。」


「そんな事ないよ、みーんな悲しんでるのよ。ただ経験と心構えでごまかしてるだけでさ。八雲くんだって昔、調査中に仲間を見殺しにしたって大暴れしたことあるからね。」


「え……?」



「その相手のこと八雲くん好きだったみたいで荒れて荒れて手がつけられなくってね〜…蛍と数人がかりで抑え込んだのよ。

見てたらいいよ、今も調査中に人が死ぬ度に灰皿が恐ろしいほどの吸い殻の山になるから。八雲くんはああ見えて、優しいからねぇ…。」



「………。」




栞奈から聞いたその光景は、数日前にこまが御幸のデスクで見た光景だった。





山のように積み重なった黒いタバコの吸い殻、思い返してみればそれはちょうど御幸が今川の調査を終えた日だった。




「そんなことが…あったんですね。知らなかったです。」


「まあ好きな人や仲間亡くす辛さは痛いほど分かるからね…みんな黙ってるのよ。だからたまには辛いことは辛いって言わなくちゃ…。」







そう言って力なく微笑む栞奈の目には、今はなき瀬名キーパーの姿が映っている気がした。


そうして悲しむことは皆同じで駄目なことではないと教えられたこまの目からは、抑え込んでいた感情が溢れるように涙がこぼれていた。

わんわんと人目もはばからずに涙を流すこまの頭をなでながら、栞奈はただ黙って頷いていた。




「ありがとうございます…少し気持ちが楽になりました。連れ出して貰えてよかったです……。」


「そーかそーかそりゃあ良かった!!さあさあ食べて食べて!!元気になるには美味しいもの食べて酒を飲むのが一番!!」



「はいっ……!!では遠慮なくいただかせて頂きますっ……!!」




こまはそう言って目の前にあったジョッキの酒を飲み干すと、テーブルに所狭しと並べられた美味しそうな料理の数々を頬張った。

少し元気を取り戻した様子のこまに栞奈が安堵の表情を浮かべていると、突然背後から声がかけられ二人は振り返った。



「お姉さん達二人ですか〜?良かったら俺らと一緒に飲みませんか?」


「あ…あの…?」

「あのね〜君達まだ学生さんでしょ?大人をからかうもんじゃないよ〜。」


「ええ〜酷いなあ〜!!俺達もう社会人ですよ〜!!というかお姉さんこの腕時計クラシックモデルの超レアなやつじゃないですか!!これ俺欲しかったんですよ〜!!」

「お?分かってるね〜私もツテ頼ってようやくゲットしたのよ。」



「うわ〜新作も見ました?超かっこよかったですよ〜!!」


「………。」



突然現れた男達とすっかり意気投合している様子の栞奈に、こまは一人感心した目を向けながら料理を食べ続けていた。

今まで置かれていた過酷な環境と平和な日常のギャップにうまく馴染めずにいるこまの隣に、一人の男性が腰を下ろした。



「お姉さん大事そうにご飯食べるね。なんか見てて幸せになってくるわ。」

「ああ…はあ…まあ…。」


「俺たくさん食べる子好きなんだよね〜!!」


「へえー…そうなんですかあ……」



(とかいいつつ太ったら痩せろって言うくせに…。)



こまが話しかけてきた男に何の興味も示さず適当なリアクションを返していると、栞奈と話していた男がワッと驚きの声を上げた。



「ええ〜お姉さん達キーパーなの!?すっごいじゃん!!俺女の人のキーパー初めて会った!!」



「そりゃそうでしょ、アンドロイド以外は私ら二人しか女キーパーいないもん。」

「えーっ!!すげえ〜〜〜!!!!てかアンドロイドと一緒に働いてんだ!!どんなのいんの?」


「ん〜〜すっごい無愛想だけど美人な女アンドロイドとか、蛍っていう軍隊を一人で潰せそうな戦闘マシーンのアンドロイドとか!!あとはすこぶるやる気のないやつもいるわね……。」



「ええええいーないーな何か楽しそうじゃんキーパー!!で、二人はどこの時代に行ってんの〜?」

「それは機密事項でーす。」


「ええ〜?いいじゃん〜!!でも昔の人ってすーぐ切腹したりとか戦いで首切ったりとかするんでしょ?そんなのすげーストレスたまるわ〜よく耐えられますね!!」


「……。」






「……おーっと、君それは今地雷だから黙ろうか。」



明らかに嫌そうな目を向けるこまの表情に、栞奈は焦ってそれを止めに入った。

だが男達はそれに気づくこともなく、自慢げに会社での苦労話などつらつらと自分語りを始めた。



「俺も職場でもーストレスばっかで〜ブラック企業?ですかね?昨日も上司の失敗を菓子折り持って部下の俺に謝りに行けって、もうありえなさすぎて疲れたっすよ〜。仕事よりもプライベートを充実させたい派なんですよね、俺は。」


「分かる分かる、俺の会社も似たようなもんだって、上司の失敗は部下の失敗、部下の手柄は上司の手柄。

この間なんか有給とって出社したら嫌味な程書類が積まれててさ、写真撮ってSNS上げてやろうとしたら上司慌てて頭下げてんの、ホント笑えたわ。」



「…………スト…レス…それだけで……?」


「「へ?」」



こまの心底驚いた顔と言葉にキョトンとした男たちに、こまはすっかり酒が回ったようで目が座ったまま堰が切れたように反論を始めた。



「生きて帰ってこれただけいいんじゃないですか?命もかけてないくせにストレスだ何だって……ははは、笑えますね。」

「こ…こまちゃーん…戦国時代の価値観今に持ち込んじゃうとモテないよ〜それキーパーあるあるよ〜気持ち分かるけどちょっと落ち着こ……」




ー…ガンッ!!!!!!!!!


「ダラダラ愚痴ばっかり言ってないで一度は自分の国の為に命をかけてみたら如何ですか!?、

私が知ってる日本男児は首を切られる覚悟で主君を守り、たった数分時間を稼ぐ為だけに喜んで命をかけられる…数万人の敵にたった一人で斬り込める…そんな人です!!!日本男児はいつからこんな腑抜けてしまったんですか!!!!!!」



(ハードル高ええええええええ!!!!!!!)








こまの若干極端な論破にその場にいた全員が心の中でツッコミを入れると、男たちはそれでも怯まずこまに食って掛かった。



「で…でも俺達だってストレス社会で必死に戦ってて…」

「くどい!!首の一つも見た事の無い人が何を甘っちょろい事を言ってるんですか!!ここがいかに平和で幸せでありがたい世界か気付くべきです!!!!」


「あ……あはははー……」

(あああああ〜〜〜こまちゃんがキーパー特有のモテない街道を突き進んでいく〜〜〜!!!!)



「この……黙って聞いてればキーパーだからって人を見下しやがって…・・・!!」

「!!」


ー…ガツッ………!!!!



「「!!」」








こまの言葉に腹を立てた男がこまの胸ぐらをつかもうと手を伸ばしたその瞬間、男の手は横から差し出されたもう一人の手によってそれを止められてしまっていた。



「何すんだお前…!!俺はこの女に話が…」

「え……」



「いかんわ〜国家公務員のキーパーに手を出して、タダで済むと思っとらんやろうねえ?」



「なんだ…アンドロイド……!!?」

「お…おい……まさかこいつって……さっき言ってた…」



「戦闘マシーンの蛍でーす。そうだ!いい機会やし本物の首、見せちゃろうか?」


「「す……すみませんでしたあああああああああ!!!!!!!」」



その瞬間、笑顔の蛍の姿に男たちはバタバタとお金を鞄からひねり出し、我先にと一目散に店から飛び出していった。



「ちょっと蛍!!!!あんたはいつから付いてきてたのよ!!」

「"いーからいーから!!私に付き合うと思って付いてきなさい!!"あたりから☆」


「ったく最初からじゃないのよ…全く。」


「だって〜…男に飢えとる栞奈さんがこまちゃんの事ホストクラブにでも連れてくんやないかと気が気やなくて…」

「どーゆう偏見よ!!!あんた喧嘩売ってるわね!!!?ねえこまちゃ………」



「ぐー……」

「「寝てる…。」」









「にしてもこまちゃんも良くも悪くもすっかりキーパーらしくなったね。どうしても過去の人間の信念やら心意気に影響されちゃうのよねえ…。」


「そうみたいやね…榎田さんなんて最近服着る意味を見いだせない、着るの忘れるって言っとったわ。」



「・・・・・・それは駄目でしょ。」





その日、こまは溜まった疲れが酒のせいで一気に押し寄せたのか久しぶりに長い眠りについた。

ふわふわと揺られる背中で安心できる仲間の声を聞きながら、こまは久方ぶりの休息をとったのだった…。



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