ブリキの歴史覚帳

□第十六話 笑顔の盾
1ページ/8ページ

..................




ー…ピーチチチ……


「………。」







「おい…あの窓際で干からびてる妖怪ウオッチどーにかしろ。」

「こまちゃん…すっかり弱ってしまって…痛々しいわあ…。」




衝撃の展開から翌日、

こまは予想だにしなかった晴信の姿のショックが大きすぎて、未来に戻ってもなお魂が抜けかけていた。



「ったく…女ってやつは…髪なんてどーでもいいだろーがよ。」


「いや…いいんですけど…でも…晴信さんのライオンみたいなもふもふした髪好きだったんですもん〜…。」


「………もふもふ…。」


「…ったくくだらね。んなことよりさっさと調査状況の報告をしろ!!また髪のショックで覚えてないなんて言うんじゃねえだろうなあ……!?」

「ひっ……!!ま…まとめてありますっ!!」

「じゃあさっさと報告!!」


「はいいいっ!!!!!!!」



こまは弾かれたようにそう言うと、気を取り直して御幸を前に武田家の報告書を読み上げ始めた。

北条より春乃が輿入れ、その後第二次川中島の合戦が起こり史実以上に被害が甚大であったこと、それ故武田晴信が入道し信玄と名を改めたことなど…


だがこまの報告書を黙って聞いていた蛍は、少し考え込むような仕草を見せながらこまに尋ねた。



「第二次川中島の合戦は通説では殆ど戦いはなかったはずやろ?被害が大きすぎん?これがどの文献にも残ってないのはおかしいと思うんやけど。」


「やっぱりそう…思いますか…?」

「何か思い当たる節でもあるのか。」



「あ……いえ…。」



思わず美波の存在をかばうように否定してしまったこまだったが、こま自身もその事実を隠し通していいものか内心迷っていた。

早く美波の無事と居場所を伝えないといけないことは分かっている、だがこまはその事に今一歩踏み出せないままだった。



「まあいい、引き続き一色の捜索も続けながら調査を続けろ。武田家はこれから史実通りならば大規模な戦が続くからな。

川中島の合戦は歴史的に見ても調査はすべき案件だ、合戦場に全員で調査にも行くぞ。」



「はい…でも、私一人でも大丈夫ですが…いいんですか?」

「さすがに合戦場にこまちゃん一人では送り込めんよ。本当なら連れて行きたくないくらいなのに。」


「見知った顔が戦で倒れていったらさすがにどんなキーパーも動揺して冷静な判断ができなくなる。合戦で殉職しちまうキーパーも少なくないからな。」


「……はい。」



こまはその瞬間、突然いなくなってしまった板垣と甘利の事を思った。

まさか、戦に慣れていたあの二人が、それも同時に。自分は勿論、戦を何度も経験している晴信でさえあの状況では冷静でいられていなかった。



「武田の歴史、特に第四次合戦をもう一回きちんと頭に入れておけ。」

「あの……一応見たままを先入観なしに調査に上げたいのでおおまかな史実だけ読んであまり詳しくは調べないようにしているんですが…駄目…ですかね…。」



「………まあ、お前にとっちゃその方がいいのかもな。」






「……え…?」



御幸のポツリと呟いたような言葉に、こまはふと心の中がざわつくような嫌な感じを覚えた。

だがその正体もこの時のこまは分からぬままに、次に報告書を読み上げる蛍の声にただ耳を傾けたのだった。




ー…バサッ…


「……ってな感じやね。まあ今の所特に変わったところはないよ。」


「そうか。じゃあ次は俺だな、えー…今川の調査は、あと数日中に終わる予定だ。以後は一旦調査書類のまとめ作業とお前らのサポートに入る。」

「……え!?お…終わる…!?」


「ああ、もうすぐ桶狭間の戦いだ。そこで史実通りならば義元は織田に討たれる。俺の担当は今川義元だからあとはまた今川の後続を調べるキーパーが決まればそいつに引き継ぎをしておしまいだ。」


「そんな……あっさりしてるものなんですね…。」


「ああ、蛍も言ってたがキーパーとして対象に深入りすると後が続かなくなるぞ。あっさりしてなきゃやってられねえ。調査対象のビックネームはまだまだ腐るほどいるんだからな。」



「……。」



御幸のその言葉に、こまの頭には昔御幸が零した"もうそんな辛いと思う時期は過ぎた"という言葉がよぎった。

きっと御幸は今までも何度もキーパーとして別れを繰り返してきたんだろう。今となってその言葉の重みがこまにも理解できた。



「……こまちゃん大丈夫?顔色悪いけど…。」

「あ…いえ、はい…大丈夫です、分かって…います…。」



心配そうに顔を覗き込む蛍にどこか上の空の返事を返したこまは、自分が髪型など小さな事に心を揺さぶられている場合ではない事を改めて痛感した。

晴信や武田家の仲間との別れは確実に近づいているのだ、かくもあっさり、事務的な別れが。



(晴信さんやみんなと…二度と、会えなくなるんだ…。)



こまはもう一度自分の手にある武田家の報告書をぎゅっと握りしめた。


それはこまにとってそれは報告書などという事務的なものではない、みんなと過ごした思い出を書き記した日記のようなものだった。


一つ一つの出来事を見逃さないように、忘れないように。

楽しいことばかりではないが皆と過ごした日々が本当であったことを証明するように書き記そうと、こまはもう一度キーパーとしての決意を新たにしたのだった。





ー…ガチャ…



「準備できたかーお前らタイムレーン行くぞ。」

「はいっ!只今…!!」


「はいはいおまたせ〜さあ行こか!!」







「「………。」」

「ん?」


「なんか…お前髪型今日やけにもふもふしてねえか。」


「え?そうかね〜気のせいやないかな〜?」

「も…もふもふ…!!」








「ったく……どいつもこいつも…。」






次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ