ブリキの歴史覚帳

□第十一話 二本の柱
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ー…ピーチチチチ……


「はあ…。」



小鳥の声だけがピイピイと響く清々しい甲斐の朝、こまは未来から今日もどこか逃げるようにこの時代を訪れていた。


(あれから蛍さん、本当にいつも通りなんだよなー…私が気にしすぎてるだけなのかな。)



「あ…ごめ…こまちゃん…これどこで…?」

「中…見た……?」




あの日の蛍の様子を思い過ごしと言ってしまうのは容易い、だがあの時の蛍はいつもと違って冷静さを欠いていて、それがこまにはただごとには思えなかった。



(あんな蛍さん初めて見た…蛍さんにはいっつも助けてもらってばっかりだし、困ってることがあるなら力になりたいんだけどな…)



「うー……あー!!もう考えるのやめよう!!蛍さんにだって隠したいことの一つや二つそりゃあるって!!」


「おや、悩みごとかい?」

「あ…甘利さん…。」


「ほらお茶でも飲んで、あんまり眉間にしわを寄せてると板垣殿みたいになっちゃうよ〜。」


「ありがとうございます…!!」



甘利はそう言うと急須で持ってきていた茶を湯呑みに注ぎこまに手渡した。そのあったかいぬくもりにこまがざわつく心を落ち着かせた…その時だった。




「信方の石頭めーーーー!!!!」


ー…バンッ!!!!






「「へ…?」」

「あ…。」







「ゴホン…えー…あーいや、すまぬ。」




ちょうど甘利のいれた茶を飲もうとしていたこまは、持っていた湯呑みが滑り落ちそうになる程の大声とともに現れた晴信に目を丸くして驚いた。

そんな二人がいるとは思わなかったらしい晴信は一瞬驚いたような顔を見せると、すぐにそう言ってバツが悪そうに襖を閉めて去って行った。



「び…びっくりした…晴信さんの声ですか今の…?信繁さんかと思いました…。」

「ははは…あれはまた板垣殿とやりあったかな。最近は信濃攻略の件で意見が合わなくて顔を合わせるといつもこれだから。」


「そうなんですね…なんだか少し意外でした。」


「そうかい?」



いつもこまが見ている晴信は年齢の割には落ち着いて大人びていて、感情もどこか自分の内側に閉じ込めておくタイプに見えていた。

だが信方と言い争っている晴信はどこか幼く見え、こまが信繁と勘違いしたのも無理もなかった。



「当主に担ぎ出されてしっかりしようと気を張ってるし晴信様も元々大人びた所もあるけど、私達からしてみたらまだまだ子どもだよ。あ、これ晴信様には言わないでおくれよ?」


「ふふっ、はい。」


「それに板垣殿にとったらもっとそうなんじゃあないかな…自分の息子以上に心を砕いて接してきたんだから。晴信様も板垣殿の前ではそういう見栄とかをはらずに接せるからああなるというね。」



そう言って笑う甘利の顔はとても穏やかで、言葉にはせずとも甘利自身も晴信を息子のように大切にしていたことがありありと伝わってきた。

晴信が昔二人を父だと言ったように二人も晴信のことを息子のように大切に思っている思いを知って、こまも思わず頬を緩めた。




「ずっと気を張っていたら疲れてしまうものだからあれはあれでいいんじゃないかな、まあ逆に板垣殿と話してたら疲れていそうでもあるけれど。」

「あはは…確かに…。」



「それは悪かったな。」

「「ひっ!!!!!!」」



驚き声を上げた二人の背後には、このうららかな陽気に似合わぬ仁王像の如き顔を浮かべた板垣が立っていた。

晴信と言い合ったらしい板垣はどこか疲れたような顔を浮かべると、それ以上何を言うこともなくどこか庭先をぼんやりと眺めていた。



「板垣殿…?どうかされましたか?」

「鳥……ああ、いや…なんでもない。」


「?」


「それより甘利、お前も茶ばかりすすってないで職としての意見を出せ。行くぞ。」

「はい、ではそうしますかね…。」



板垣にせかされるようにそう言われると、甘利はやれやれと言った風に湯呑みをぐっと傾けると、去っていく板垣の背中を見ながらそっとこまに耳打ちした。



「晴信様の様子、見てきてくれるかい?晴信様は気苦労症で何でも考えすぎてしまうから、和ませてあげて欲しいんだ。」


「あ…はい!私で良ければお任せ下さい!!」

「ありがとう、助かるよ。」



甘利はそう言って頭を下げると、すぐに板垣の後を追って行った。

最近ではすっかり甘利と茶飲み友達のようになっていたこまは、そんな友人の言葉に押されるように、今もどこかで心を砕いているかもしれない晴信を探しに向かった。






......................





ー…ザー……




「あ、晴信さんいたいた…ん?」




晴信を人目につかない堀の端で見つけたこまは、遠目に晴信を見つめるとその足を止めた。

なにやら一人考え込んだ様子の晴信は取り繕うこともない素の表情で、時に頭をぐしゃぐしゃと掻いたり頭を抱えたりと、それはどこか少し笑えてしまうものだった。



(怒られるかもだけど、ちょっとかわいい。)



そんな晴信の様子をどこか微笑ましい目線で見つめていたこまだったが、すぐに晴信はこまの存在に気が付きはっと顔を上げた。


「おったなら声をかけてくれ…格好悪い所を見られてばかりではないか…。」

「あはは、いやついつい…でも別に格好悪いだなんて思いませんよ。」



こまはそう言うと、バツが悪そうにする晴信の隣に腰を下ろした。

次第に風は秋の訪れを感じさせ始めていて、堀に続く川岸のその場所はとても居心地が良かった。



「…昔から何かあるとここで一人で過ごしていた。誰にも見つからない場所だったのに、お前には簡単に見つかってしまったな。」


「私も昔はいじめられっこで…一人になれる場所をよく探していましたから。一人になりたいならこういう場所かなって。」


「こまが…?意外だな。明るくて優しくて、誰とでも上手く付き合えそうなものを。」



こまの意外な過去に晴信が意外そうな顔を浮かべると、こまは少し昔を懐かしんだように笑った。



「ずっと引っ込み思案で人付き合いが下手くそで…化粧で自分を変えることが出来なかったら…今もあのままだったか道を踏み外していたかもしれません。」







「そうか…一人の時…寂しくは無かったか?」


「味方になってくれる友達が一人だけいましたから…それは……あれ…?」


「こま…?」

「あ、すみません!!なんでもないです…!!」



こまはそう言うと、自分の記憶に自信が持てないようで不思議そうに首を傾げた。

ずっとずっと大切だったと思っている感情はあるのに、どうしてもその名前と記憶だけが靄がかかったように出てこなかった。



「…道を踏み外していた…か。私も父の言葉で何度道を踏み外し投げ出そうとしたことか分からぬ。」


「……。」


「でもそのたびに横からああでもないこうでもないと阿吽の呼吸で板垣と甘利が横槍を入れてな。結局足を踏み外せなんだ。」


「ふふ、なんだか目に浮かびます。」


「思えばあの頃から信方とはよく言い合っておったな…あいつめ、いつまでも私を子供扱いしおって。だいたい先程も私が寝ずに考えた策を血気にはやったものだとあっさり却下してだな…!!」


「はい、それでそれで?」


「・・・おぬし、ちょっと楽しんでおるな。」

「ええ〜?晴信さんの家臣の方から話を聞く合議制は素晴らしいと思ってただけですよ〜。」







「嘘をつけ〜〜〜!!」

「あっははは!!!!」



いつもは見せない晴信の素の表情が見れて嬉しくなったこまは、思わず緩む頬を抑える事ができずにむくれる晴信とともに笑いあった。

そうしてこまと思う存分笑ううちに心の落ち着きを取り戻していった晴信は、スッキリしたように笑った。



「ではもう一度行くとするか、武田の阿形と吽形の所に。」


「上手い!!仁王様に似ているだけに?」

「そうであろう?」



そう言うと、晴信とこまはまた可笑しそうにくつくつと笑った。


寺を守護し対で安置される阿形と吽形像は、まさしく晴信と武田家を守ろうとする板垣と甘利と同じ様だった。


だがこまにはそれより二人と晴信が川べりに咲いていた朝顔とそれが真っ直ぐ育つように立てられた支柱のようだなあと思えて、

晴信に知られないよう一人こっそりと顔をほころばせたのであった…。





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