ブリキの歴史覚帳

□第九話 うつけと人魚
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「ふふっ…うふふふふ〜〜……。」









うららかな昼下がり。

本部に戻っていたこまは、自然と緩まる頬を抑えられずに締まりのない笑顔で報告書作成を続けていた。




「…気持ち悪い。」

「いやあ〜笑顔のこまちゃんは一層可愛く見えるわぁ…!!」



「ったく…おい、ヘラヘラしながら報告書作ってミスるんじゃねえぞ。」

「はいっ!!分かってますよ〜!!ミスるどころか…私これから素晴らしい報告書が書けるかもしれません……!!」



「はあ…?」



怪訝な顔を浮かべる御幸を気にも留めず、こまはハイテンションで返事を返した。

先日晴信と想いを通わせたこま、皆にその事実は秘めていたものの喜びに溢れたその表情から何かあったことは一目瞭然だった。



「何かいいことでもあったん?こまちゃん。」


「……"いいこと"?…い…いいこと…いや、なんでもないんですよ〜!!ホント!!バシッバシッ!!」

「い…痛い痛いこまちゃん…何かよう分からんけど元気なことはいーことやわ…。」




晴信との事を思い出すと付き合いたてのようなそわそわしてウキウキした気持ちでいっぱいになり、こまは蛍をバシバシと叩きながら火照る顔をおさえた。

そうしていつもより早く仕上げた報告書をまとめると、意気揚々とタイムレーンに乗る準備に取り掛かった。




「では私は一足お先に報告書出して着替えに行ってきます〜!!」

「あ…ちょっと待て!!」


「はい?」



こまが部屋を立ち去ろうとした瞬間声をかけた御幸にこまが弾かれたように振り返ると、

声をかけた当人の御幸がなぜだか少しためらうような顔を見せ、こまは不思議そうに首を傾げた。



「御幸さん?」

「あ…いやお前、今俺と同じ年代を調べてるよな?」


「はい、そうですけど…。」

「飯富虎昌に……変わったところは無いか?」


「虎昌さん?最近はあまり武田家にいない事も多いですけど、これと言って特に何も無いですけど…虎昌さんが何か…?」



「いや、ならいい。さっさと行け。」



「……?」





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ー…バタン…




「おっはようございます〜!!!!」


「お〜おはよ〜こまちゃん、ふわああああ…。」




こまがロッカールームに入ると、そこには眠たそうな栞奈が面倒くさそうに着付けをしていた。

栞奈が着ていた着物はとてもきらびやかで、豪華絢爛な刺繍の施されたその着物にこまは一瞬で目を奪われた。




「うわあああ!!栞奈さんの着物素敵ですね…綺麗〜〜!!」








「はは…ありがと。私はこういう派手なのは好みじゃないんだけどね…。」


「秀吉さんですね?」

「そうだね〜…もっと着飾れってくれるんだけど、くどいのよね〜あいつの好みは…。」




そう言って面倒くさそうにきらびやかな着物に袖を通す栞奈の横顔は、言葉とは裏腹にどこか嬉しそうだった。

豊臣秀吉と会ったことはないが、その豪華絢爛な着物を贈ったという彼が栞奈を思っている気持ちが伝わってくるように思えたこまはニコニコと頬を緩めた。




「こんなに素敵な贈り物を貰って…栞奈さんは秀吉さんに想われているんですね…!!」

「え〜?いやあ〜それはどうかな〜?」


「へ?またまた〜…だって…」


「だってあいつこんな着物、平気で何人にもあげてるんだから。」



「……はい?なんですと?」



「えーっと正室が一人、側室と手だしただけの子合わせても今の所20くらい?もうバカバカしくて数えてないし、本気でアイツのことを好きな女なんているのかって状態よ?しかもまだ増えるはずだし。」



「ひっ……!!!!に…にじゅう…!!?」




栞奈の口から出た予想外の言葉に、こまのお花畑状態だった脳内は思考を停止した。

予想を遥かに超えたの戦国男子のバイタリティに恐れおののくこまを尻目に、栞奈は怪訝そうに言葉を続けた。




「一夫多妻制の時代とは言え、女を馬鹿にしてるわよね〜本当。まあ金と命かけてくれてんだからよしとするけどさ〜。」

「そ…それは女同士争いは起きないんですか…?それどんな状況…?」



「まあ…昨日×××だったのが隣で×××で突然アレがアレで…」

「大丈夫です栞奈さん、よく分かりませんがよく分かりたくないことが分かりました…。」




「ま、多くの女を所有できるのが甲斐性ある男とか言うし私の意見は現代の感覚なのかもしれないけど、女を弱い立場に落としといてそれは男の勝手な言い分よね〜。」


「…はい、私耐えられないかもです…。」





こまはこの時、栞奈がなぜこれほどまでにドライなのかが分かったような気がした。

想像の及ばない世界にこまが頭を抱えていると、着付けが終わったらしい栞奈は荷物を詰めてロッカーの扉を閉じた。





「でもそんなに女がいるのに跡継ぎが出来ないって悩んでるあいつも可哀想ではあるんだけそね。私としたって子供出来ないって分かりきってるのにさー…。」










「………栞奈さん…?」




ポツリと聞こえるか聞こえないかの言葉でそう呟いた栞奈は感情の見えない目でどこか一点を見つめたままで、こまの声にハッと我に返ったように笑った。




「あ…いやいやあんな奴の事はいいの、それより本当のところはどうだか知らないけど武田信玄も女好きってのが通説だし、こまちゃんも覚悟しとかなきゃかもね〜?ははは。」


「えっ!?晴信さん!?……は…ははは…ですかねー…?」


「じゃあ私はお先に〜!!頑張って首に紐でも付けとくのよ〜!!」



「い…いってらっしゃーい…。」




そう言ってきらびやかな着物を引きずり駆け出す栞奈の背中を見つめながら、こまは一人その場に立ちつくしていた。

戦国の時代の婚姻関係と女性の立場のシビアな現実を突きつけられ、こまは先程までの浮かれきった頭を見事に打ち砕かれてしまったのだった…。





ー…ガチャッ……



「お…おかえりこまちゃん着替えた〜?ってうわっ!!!!」

「………。」







着物に着替え戻ったこまの顔からは生気が抜けており、打って変わって真っ青な顔でブツブツと呟くこまに御幸と蛍は思わず後ずさった。




「おい、な…何があったか知らんが行くぞ…」

「男なんて…」


「は?」



「男なんて…最っ低です!!!!!!!!!!!!!!」

「「!?」」


「失礼します!!」

ー…バターンッ!!!!!!



「な…何だあいつ…この短時間で男にフラれでもしたのか…?」

「な…こまちゃーん!!!!御幸は確かに最低やけど僕も!?アンドロイドやけんセーフやろ!??」



「調子いいこと言ってんじゃねえぞこのクソロボット…。」







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