ブリキの歴史覚帳
□第七話 幕末の灯火
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ー……ドドドドドドド……
「ぜんっぜん……安寧の時代じゃなーーーーーーーーーーーーいっ!!!!!!!!」
「パオオオオオオオオオオン!!!!」
「おおっ!!ナウマンゾウじゃないか!!ナイス囮だよ寿さん素晴らしい!!!!」
「今回は素晴らしい報告書が書けそうですねええええ!!キター!!」
「んな悠長なこと言ってないで助けてくださいいいいいいいいいい!!!!」
こまがこの日降り立ったのは戦のない時代、旧石器時代。
だが戦こそはないが、そこには人を遥かに凌駕する大きさの動物たちが大地を我が物顔で闊歩している恐るべき世界だった。
「はあ…はあ…榎田(えのきだ)さん、いい…報告書書けそうですか…?」
「ああ!!うちの班は万年人員不足でね、なかなか思うように調査が進まなかったから助かるよ。いつもアンドロイドの霰(あられ)と二人…
基本的に観覧希望者は幕末戦国や白亜紀に集中するからそっちに人員を割かれてね…。それになぜか新人が入ってもすぐに辞めてしまうんです。」
「……そうなんですね…。」
「人類なんて恐竜達の1845分の1しか生きてないまだまだ新参のちっぽけな種族だけれども…その起源を知ることはやっぱり大切だと私は思うんです…。」
「確かにこの時代にいると人間なんていかにちっぽけな存在なんだって思い知らされますね…。」
「自分も同じ気持ちです…!!自分は出来が悪いアンドロイドですが…そんなちっぽけな僕の悩みなんて…って気持ちにさせられるんです…。」
「霰…あなたがいなかったら誰が私とこの地を駆け巡ってくれるんですか、出来が悪いなんて言わないで下さい…私は感謝しているんですよ。」
「榎田さん…。」
石器時代担当のキーパーである榎田と霰はそう言うと、広くどこまでも続く大地を見た。
今の日本では滅多に見ることのない地平線、どこまでも続く広大な大地眺めながら、こまは自分の悩みが少し軽くなるのを感じていた。
「…ちっぽけ……そっか…ちっぽけな私なんかの小さな悩み、乗り越えられる気がしてきました…私、ここに来て良かったです。」
「…そうか、それは僕達にとてもとても嬉しい言葉です。そして辛い時はいつでもこの時代に戻って来て下さい、歓迎しますよ。」
「……はいっ…!!」
自分なんてこの地球から見たら本当にちっぽけで、そんな私が抱える悩みなんてきっと本当に小さなものなんだ。
榎田と霰の言葉にグローバルな思想を感化されたこまが胸を熱くしながら感慨にふけっていた…その時だった。
ー…ガバッ…
「さあ寿さん行きますよ…全てを解き放って自然と一体化して、彼らに溶け込もうではありませんか!!」
「!!!!!!!!!!???」
驚きのあまり二度見して硬直したこまの前には、清々しい笑顔で制服を脱ぎ捨てた榎田と霰の姿があった。
突然目の前に現れたナウマンゾウならぬ公然わいせつ物にこまが顔を青ざめ後ずさると、キーパー二人はキョトンと不思議そうに首を傾げ予想外の言葉を口にした。
「どうしたの寿さん、さあ早く脱いで!!」
「・・・・・はい?」
「まったく、そんな格好で石器時代のホモ・サピエンスの調査なんて出来やしませんよ☆さあ、彼らと同じ格好になってこの世界を肌で感じるのです!!」
「・・・・前言撤回します無理です。新人が逃げるって……んなの当たり前じゃーーーーーーー!!!!!!」
「パオオオオオオオオオオン!!!!」
美しい大草原に響き渡るナウマンゾウとこまの叫び声。
キーパーの仕事の奥深さと難解さを痛感したこまの声は、全裸で駆け回るキーパー二人の背中を見守りながら虚しくこだまするのだった…。
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ー…ガタンッ……
「お、帰ったか。どうだったか戦のない時代は。」
「……戦のない時代には…変態がいました。」
ヨロヨロとぼろぼろになって帰って来たこまはそう言うと、うなだれながら自分のデスクに突っ伏した。
「変態!!ぶわははははは!!違いねえ!!」
「御〜幸〜さ〜〜〜ん……知ってて送り出しましたねえええ!!!!笑い事じゃないです!!真っ裸にされるところだったんですからーーーー!!!!!!!!!!」
ー…ジャキッ…
「えーっと…石器時代の担当は榎田と霰か…待っててねこまちゃん、あいつら血祭りにあげて来ちゃるけんね。うちのこまちゃんにナメた真似しおってあの石器オタクども…。」
「蛍さんストップストップ!!ストーーーーーーップ!!!!!!」
石器時代のキーパーを殺りにいこうとする蛍とそれを必死でなだめるこまを見ながら御幸は笑うだけ笑うと、新たな書類をこまに手渡した。
「あー面白かった。ほら。」
「ん?……これは。」
「てめえが戦国時代に行きたくねえってゴネるから優し〜い上司の俺がこ・ん・な・に大量のヘルプを貰ってきてやったぞ。」
「こっ…こんなに!?さっきので終わりじゃ…」
「甘ったれてんじゃねー!!!!!!!!!!全部こなせずに俺の顔に泥塗りやがったら……どうなるか分かってんだろうなあ…?」
「ひっ…!!い…行かせて頂きます!!」
「あっ…こまちゃん!!またなんかあったらすぐに言うんよーー!!」
「はあああい!!!!」
御幸のドスの利いた言葉に青ざめたこまは、弾かれたように部屋を飛び出した。
そんなこまの背中を心配そうに見送りながら、蛍は御幸を見て呆れたように言った。
「ひねくれ者。」
「過保護。」
「「………。」」
それから数日、こまはヘルプの出ていた全時代を駆け巡った。
白亜紀に行っては恐竜に追われ、古墳時代に行っては泥だらけで古墳づくりを手伝わされ、
平安時代では荒波へ漕ぎ出す遣唐使の船を見送った。
目まぐるしく忙しい毎日のおかげでこまがあの日のことを思い出す暇はなく、そうして御幸から受け取ったヘルプを求める書類は、
残すところあと一枚となっていた…。
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ー…ザク…ザク…
「え〜っと…このへんかな…?」
怒涛のヘルプラッシュの最後にこまが降り立ったのは、1867年のいわゆる幕末と呼ばれる時代だった。
幕末担当のキーパーである長内(おさない)がぎっくり腰で出勤できずに困っていたところのヘルプに来たこまは、川沿いの田舎町を歩いていた。
(戦国の勉強が手一杯で正直まだ幕末まで覚えきれてないんだよな〜…長内さんが担当してるのは大政奉還に関わった長州藩士とその歩み…桂小五郎、高杉晋作、久坂玄瑞、伊藤博文…。
戦国のキーパーと違って家担当とかじゃないんだ…そっか、もう家ごとで戦ってる時代じゃなくなるんだもんね…。)
「日本が一つになる時代…だもんね。」
(晴信さんに…この時代を見せてあげたら喜ぶのかなあ…それとも…)
ー…ガツッ…!!
「え?」
「なっ…!!」
「わああああ!!!!」
ー…ズシャアア
「あいたたた……。」
書類に目を通すばかりで周りをよく見ていなかったこまは、河原で何かに躓き派手に転んでしまった。
だがその躓いたものが人だと分かると、こまは慌てて横たわる人影に近付いた。
「すっ……すみません!!前をよく見ていなくて…大丈夫ですか!?」
「うっ……。」
「す……すみま…………え?」
「………?」
「晴信さん…!?」
後にこまと、そして晴信の運命を大きく変えていくこととなるこの出会い。
横たわっていた男に見たのは懐かしくも愛しい顔。
どこからどう見ても晴信にそっくりなその男との出会いに、こまはただただ困惑しながら男を見つめるばかりだった…。
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