ブリキの歴史覚帳

□第七話 幕末の灯火
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.....................




ー…ドサッ…



「はあー………。」



「………溜め息本日50回目。すっかり参っとるねえ…。」

「……。」







始業時間のベルが鳴ってかれこれ一時間。

溜め息を吐きながら浮かない顔で机に向かっているこまを、御幸と蛍は部屋の外から気にかけるように見守っていた。



「ふん、あれくらいでへばるようならキーパーは無理だ、とっとと辞めればいい。」

「また御幸そんなこと言って!!部下のメンタルケアも上司の仕事の一環やろ!!でもほんと、一体なんがあったん?こまちゃん何も言ってくれんのよ。」



「……さあな、俺も詳しくは知らん。」




あの日こまが見たのは後に小田井原城の戦いとよばれる戦で、敵の首を晒し終わらせた戦で晴信は降伏した佐久城の人間の殆どを奴隷として売りさばいた。

そのことも当時は当たり前のことであったのだが、売られゆく人とおびただしい数の無残な首を目の当たりにしたこまは精神的にショックを受けていた。



それでも禰々のことが気にかかっていたこまは御幸と別れ、おぼつかない足取りで躑躅ヶ崎館に戻った。

だがそんなこまに追い打ちをかけるように待っていたのは、眠るように既に息を引き取った禰々の姿であった……。





..................




ー…パタン…



「禰々…さん…?」

「つい先程、お亡くなりに……。」



「そ…んな……嘘でしょ…禰々さん!!」

(間に…合わなかった……。)




真っ白な顔で静かに横たわる禰々のそばにゆっくり近づくと、こまはじわりと熱くなる目頭をおさえその場に崩れ落ちた。

たった16年で一生を終えたお姫様のささやかな願いすら叶えてやれなかった無力さに顔を俯けると、ふっと足に温かな感触を感じ顔を上げた。



「は…はうえ…は…うえ?」

「…寅王丸…。」








それはやっと言葉を紡いだ寅王丸の小さな手で、横たわる母親がもう動かないことを理解していない寅王丸は冷たくなってしまった母親の手を一生懸命握っていた。

こまはそんな寅王丸を抱き上げると、溢れ出る涙を拭いながらぎゅっと抱き締めた。




ー…バタバタバタ…バンッ!!


「禰々!!」

「……禰々。」



「晴信さん…信繁さん…。」



程なくして戦から戻った晴信と信繁が禰々の訃報を聞き慌てた様子で部屋に駆けつけた。

変わり果てた禰々の姿に信繁はそばに駆け寄り涙を流したが、晴信はそれとは対称的に顔色を変えることはなくそばに控えていた板垣に声をかけた。



「信方、寅王丸を頼む。」

「はっ。」


「こま様、寅王丸様を失礼致します。」

「えっ…?あ…あの、寅王丸をどこに…?」



信方はこまの問いかけには答えることをせず、少し頭を下げると寅王丸を抱き上げどこかに行ってしまった。

寅王丸を連れて行かれたこまはふと感じた嫌な予感に、信方とともに部屋を出て行った晴信の後を慌てて追いかけた。



「は…晴信さん!!」







「こま…。」


「と…寅王丸を…どこに連れて行くんですか?まさか殺したり…しないです……よね…?」


「……。」



晴信はこまの問いに暫くの間答えることなく口をつぐんでいた。

その沈黙にこまは落ち着こうと震える手を何度も握りしめたが、晴信に残る生々しい血の匂いに不安は掻き立てられるばかりだった。



「晴信さん…?」

「すまぬ、ここに置いてはおけぬ。分かってくれ。」


「それは…理解できます…。」

「では…」


「でも…あの、禰々さんの最後の願いなんです…禰々さんは晴信さんがしたことは正しいって分かっていると、最後に謝ってもう一度昔のように話したかったと言っていました。

でも…それも叶えてあげられなかった…せめて寅王丸を殺さないで欲しいという願いだけでも…寅王丸だってまだ赤ん坊で何も覚えていません、武田家に危害なんて加えません…だから…!!」


「……。」



「…もう…殺さないで…。」







「………善処しよう。」








こまが絞り出したその言葉は、自分の目に映っていた優しい晴信の姿が本当であったと思いたい、心からの悲痛な叫びであり願いであった。

そしてそんなこまの言葉に含みのある言葉しか返せない晴信もまた、民のため国のため、自分を見失わないよう必死に目を凝らしているようだった。



願いの一つも満足に叶えてあげることも叶わず、たった一人で死なせてしまった禰々。

優しいだけでは渡り歩けないこの時代で最強と呼ばれた軍を率いていた晴信と、自分の知っていたはずの優しい晴信の埋められない差。




一度もこまの目を見ることなく遠ざかっていく晴信の背中を見送りながら

キーパーとしてこの事実を受け止める前にこまの心はポキリと音を立てて折れてしまったのだった……。





..........................




ー…ドサッ…


「私…やっぱりキーパー向いてないみたいです…戦、怖いです…。」


「けっ、じゃあさっさと辞めちまえ。」


「みいいいゆううきいいいい!!こまちゃん、ちょっと一旦休んどったらいいよ。最近働き詰めやったし…こっちにおれば戦もないけんさ…」

「戦争だ!!我が国は日本との戦争も辞さない構えである!!一刻も早い情報の共有体制を求める!」



「「!?」」






突如言い争っていた三人の傍らにあったテレビから聞こえてきた物騒な言葉。なにやら物々しい様子を伝えるテレビの中継に三人も思わず目を奪われた。



「これって…今話題になってる海外の新しい大統領の…?戦争って何で…?」

「残念だったな。どうやらここも戦いの時代になりそうだぞ。」


「はあ…理由はタイムレーンやろ?いっつもそればっかりや。」



蛍の言葉に御幸はだろうな、とだけ言って目を伏せた。


今の日本は過去に行けるタイムレーンを開発し、独占。タイムレーンの開発方法は最重要機密事項とし他国にその技術は教えず、過去に行ける権利を売っては私腹を肥やしていた。

勿論そんな現状の日本を見て他国が面白くないのは当然で、あちこちの国でタイムレーン技術の共有化を求める動きは強まっていた。



「自分たちの国の過去を商品にされとるんじゃ面白くないと言えば当然よね。まあこの小さな資源のない島国が唯一誇れる"技術"の賜物…と言えば聞こえはいいけど。」



「ま…まさか本当に戦争になったりしませんよね?大丈夫ですよね…?」

「第三次世界大戦とか?」


「ミサイルでも兵隊でもBWで弾かれる。どうやって戦争になるって言うんだ。」


「そう…ですよね…。」



BW(ブルーウォール)とは構造や性能はガンウェアで発せられるものと同じ青い見えない防壁であり、現在の日本の技術が誇る最新のシステムで、国を守る防御壁であった。

他国と地続きにない日本はこの大規模なBWで国全体を覆い、戦国時代の堀のように他国の脅威から身を守っていたのだ。



「タイムレーンにガンウェアにアンドロイド…どれも確かに最高の発明で莫大な利益を生み出したけど、それに並行して日本は孤立してくばっかり。本当にどれも必要なんやろうか。」


「タイムレーンでガンウェア付けて働いてるアンドロイドが言う言葉かよ。」



「ははっ。まあ…やけんこそやね。」

「……。」



蛍はそう言うと、少し含みを持たせながらもいつもと変わらない笑顔を見せた。

だがガンウェア研究の第一人者を祖父に持つこまもまた、少なからず複雑そうな表情を浮かべて顔を俯けていた。



「………はいもうこの話は終わり!も〜そんな顔せんと!こまちゃんには笑顔が似合うんやけん!!はいニコーーー!」


「……ふぁーい…。」

「ぶはは、おもしろい顔や。」



蛍に頬をつままれ無理やり笑わされたこまは、自分を元気づけようと懸命な蛍の様子に少し困ったように頬を緩めた。

そんなこまに蛍は少しホッとしたように笑うと、何かを思いついたようでこまの顔を覗き込んだ。



「そうだこまちゃん、少し気晴らしに別の時代のヘルプに行ってみる?」


「ヘルプ…?そんな事出来るんですか!?」


「今どこも人手足りんくって困っとるけん皆大歓迎やと思うよ?人事部に片足突っ込んどる僕が言うんやけん間違いない!」



「蛍、お前はこいつを甘やかしすぎだ。だいたいこれくらいで…」

「あーはいはいもうホント御幸何もせんなら黙っとってー。ヘルプ欲しいって言われとるのは本当やろ?」



「別の…時代…。」


「ったくしかたねえな…なら戦のない時代の担当キーパーに俺から話つけといてやる。」


「御幸…!!」

「御幸さん…ありがとうございます…!!」



「…仕事もせずに机に突っ伏されてるよかはマシだからな。」




かくして蛍と御幸の計らいで別の時代にヘルプに行くことになったこま。



そんなこまを待ち受けているのは安寧の時代かはたまた修羅の時代か、

ためらいながらもこまは再び、その手をガンウェアにかざす事になったのだった…。






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