ブリキの歴史覚帳

□第六話 600年の壁
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ー…カア…カア…



「………。」







いつも歩き慣れた城下の街を歩く。

だがそこにはいつもの活気は無かった。



「晴信様…足をお止めになりますな。これでも打てる手は打っているのでおります。」


「……これでか?まだ配れる備蓄は無いのか?」

「これ以上は家臣が離れます。そうなれば戦となっても国を守れませぬ。」



「……。」



天文10年、天文の大飢饉と呼ばれる飢饉は全国で深刻な状況を広げていった。

そしてその三年後のこの年、もともと米を作るのに向いていない土地の甲斐にも当然余波は大きく忍び寄り、農民たちは食べるものに困り毎日多数の死者が出ていたのだった。



ー…グイッ…


「晴信様…」

「!!」



突如か細い声に裾をひかれると、晴信は驚いたように振り返った。そこにはやせ細った幼い少女が震えながら立っていた。



「何か食べ物を…母さんが…母さんが死んじゃう…。」







「…何!!待っておれ、今何か…!!」

「晴信様!!一人を特別扱いしては他の民はどうなさいます!!城に押し寄せますぞ!!」


「しかし…!!」

「参りましょう!!あなたが甲斐の民の為に出来ることはもっと他にあるでしょう。」


「……!!」



晴信は信方にそう言われると、後ろ髪を引かれる思いでその少女から離れた。



あの少女は、その母は、父は、明日生きているのだろうか。

晴信は後ろを振り返ることが出来ぬまま、ただ黙ってやりようのない気持ちを噛み殺していた…。






.....................




ー…パンッ…



「ごちそーさまでしたっ!!」







「え?もう終わり?めっちゃ残してんじゃん〜!!」



昼食時、社員食堂で栞奈と昼食をとっていたこまは、まだ残った料理の数々を前にハアとため息をついた。



「ダイエットしてるんです…これ以上食べたらカロリーオーバーになっちゃいます。私太りやすくて…。」


「あはは!!そんなの気にしなくていいのに〜どうせあっち行ったら食べるもの無いんだし食べとかなきゃ。ごちそーさまでした〜。」


「その反動で戻ったら食べるをくり返してたら太っちゃったんです…それに…。」




こまはそう言ってトレーを返却口に返すと、食堂の前を通りかかったナビゲーターの列に目をやった。

相変わらずスタイル抜群で美人ぞろいのナビゲーター達の姿に、こまはまた大きな溜め息をついた。



(ナビゲーターになるためには体型維持は必須だもんね…それに晴信さんだって…太った女なんてやだよね…。)



「13時01分、集合時間を1分オーバーしています。」


「うわっ!!びっくりしたっ!!!!」

「き…雲母さん!!」







食堂を後にした二人の前に突如現れたのは、相変わらず無表情の雲母だった。



「もー突然出てこないでよ心臓飛び出るわ〜!!」

「物理的に心臓は飛び出ないと思われます。」


「はいはい、出ません出ません。てか1分って細かすぎるから、出発13時半でしょ?ったく東間君はどういう教育してんのよ〜。」



グチグチと不満を漏らす栞奈に、雲母は特に表情を変えること無く歩いていた。



今日のこまの仕事はナビゲーターとタイムシップに乗り込み、その警護に就くことになっていた。

いつもの班とは違うメンバーで順番が回ってくる警護任務で、今日はこまと栞奈、そして雲母の三人が当番だったのだ。



「あの、雲母さん…私、寿こまと申します!!どうぞよろしくお願いします!!」


「はい。」


「……。」

「何か。」


「はっ…!!いや!!綺麗で羨ましいなあって思わず見とれて…。」


「ちょっと〜私には見とれてくれないの〜?こまちゃん〜。」

「えっ!!あ、いやいや栞奈さんもとても素敵な先輩ですよ〜それはもうほら言わずもがな?」



そう言って二人がふざけあっているのを横目に雲母は控室の扉を開けた。

今日三人が使うロッカールームには他に人はおらず、テーブルには沢山のお菓子が置かれていた。栞奈はどかっと椅子に腰掛けると楽しそうに言った。



「まあまだ時間あるし、せっかく女子ばっかりなんだし恋バナでもしよーか!!」

「なっ…何言ってるんですか栞奈さん恋バナだなんてそんな…気になりますね。」



「……私は遠慮します。」



「ほーらそんな付き合い悪いこと言わないのっ!!アンドロイドだって恋の一つや二つするでしょー?気にならない〜?実はライバルだったりとかして…」


「……。」



栞奈にそう言われた雲母はピタリと動きを止めた。すると不服そうな表情を浮かべながらも椅子に腰を下ろした。



「で、こまちゃんは彼氏いるの?好きな人は?」


「た…単刀直入ですね〜!!栞奈さんはどうなんですか!?」

「いなくて楽しくないから二人に聞いてんでしょ〜好きな人でもいたらもっと女らしくなってるっつの!!おままごと恋愛ばっかりよ〜それもあんな猿と。」


「猿…とは?」

「藤吉郎。あ、豊臣秀吉。私一応側室なんだわ。」



「そく…しつ?って…妻って事…?えええええええええええええ!!!!??」

「あはは!!その反応!!おもしろい!!」



栞奈の予想外の告白にこまが驚きの声を上げると、栞奈は楽しそうにケタケタと声を上げて笑った。




「まああいつを調べる為にそばにいたら女好きのあいつだから自然とそうなってね〜でもまあ、調べやすいからいいんだけどさ。」


「す…好きでは…無いんですか…?だってほら…夜とかはどう…?」

「好きとかないない!!ま、夜は避妊にだけは気をつけてるから別にどうでもいいけど。あ、今度書こうか?武将の夜の生活についての報告書。」


「ぎゃあああ!!そんなこと知りたくないです!!どんな顔して教科書見ればいいんですか今後!!」







相変わらず性についてあっけらかんとしている栞奈に、こまは一人顔を赤らめた。

そういえば初めて会った時も栞奈はそんなスタンスだったなとこまは改めて思い返していた。



「ま、どう関わろうと歴史は変わらないそーだし、そんな一面を見れるのは女性キーパーの特権だと思うしかないじゃない?」


「特権…?」



"私はいつかこの日の本を統べる者になってみせる…そうすればこまも最高位、使役されることなどなくなる…"


(じゃあ私ももしかしたら…晴信さんが望めば………?)



栞奈の言葉にこまは先日晴信に言われた言葉を思い出していた。

あの言葉は自分を妻にしたいということなのだろうか、もしかしたら訪れるのかもしれないその日に、こまの顔はみるみるうちに赤く染まっていった。



「おおおおお!!何赤くなってんのこまちゃん!!さーては武田信玄に言い寄られてるな!!吐け吐け〜!!」

「い…いやいや違うんです!!こ…これは別に…!!」



ー…ガタッ…


「ん?」

「……私、やはり先にタイムシップに向かっています。私に出来る話はありませんので。」







「あ…ちょっと!!」



雲母はそう言うと、栞奈の静止も聞かずロッカールームを出ていってしまった。

突然何が起こったか分からずオロオロするこまに、栞奈はハアと溜め息をつき苦笑いを浮かべた。



「誰よりも恋してるくせにねえ〜純粋すぎて私の価値観は理解できないか。」

「え?こ…恋って…雲母さんが?」


「そ、東間君にちょっかいかけてみて?すっごい顔で睨んでくるから。」

「え…あ…あの東間さんですか!?ええ〜…」



雲母が好きな相手があの東間だと聞き、こまは不可解そうに顔をしかめた。

まだ何度かしか雲母と東間が一緒にいる所を見たことは無いが、お世辞にも優しくされているとは思えなかったからだ。



「まあプロトタイプ(旧型)のアンドロイドの子は異常に忠誠心というか執着心が強いからね〜…恋といっていいのか分かんないけど。」


「プロトタイプ…?アンドロイドにも違いがあるんですか?」


「そ、プロトタイプの方が性能がいいからキーパーにも多いんだけど、一度主人と決めたら主人以外には融通がきかない子が多くてね。

最近の新型の子は淡白な性格で性能は量産目的に作られたから戦闘力があんまり高くないんだよね〜うちの虎目とかがそう。こまちゃんのとこの蛍はプロトタイプよ、思い当たること無い?」



「・・・・なるほど。ものすごーくあります。」

「あははっ!でしょ〜?」



(なるほど…蛍さんが優しいのはそういうアンドロイドだからなんだ…好かれてるのかもとか勘違いも甚だしかったな…はは…。)




蛍の自分に対する優しさの理由を知ったこまは、どこか寂しそうに笑った。

ずっと一緒にいたら忘れてしまうけど、彼は人間じゃない、機械なのだ。



(あれ…?でも蛍さんって私がキーパーに入るって決める前から優しかったような…気のせいかな?)



「よっし、そろそろ時間か!こまちゃん行こっか!!」


「あ…は、はい!!」



こまの頭に浮かんだふとした疑問は、栞奈の呼び声にかき消された。

そしてこまはそのことに特に気を留めること無く、今日の仕事場であるタイムシップに向かったのであった…。





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