ブリキの歴史覚帳

□第五話 お嬢様の戦国旅行記
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ー…ザー…ザー…



山の葉も色づき秋も深まったある日。

秋雨の雨音にまぎれて、一人食欲の秋を満喫していたこまの悲痛な声がこだました。




「ぎゃあああああああーーーー!!」

「なん!?何事!??!」



「ス…スカートのボタンが…もしかして…太った………!?」




そう言ってワナワナと震えたこまの手には、弾け取れたらしいスカートのボタンが握られていた。

顔面蒼白で理解しがたいといった表情を浮かべたこまは、首を傾げた。



「おかしい…何で?最近あんまり食べてないのに…!!」

「てめえの背後にある大量の菓子の空袋はなんだ。」







「ええっ!!だってこのきなこのお菓子はふわっとしてるから太りませんってこの間テレビで!!」

「こまちゃん、残念やけどこれ一袋カロリー500超えとるけん…。」





「……………戦国時代行こっと。」

「あっちには痩せたやつしかいねえから激しく目立つな。」



「〜〜〜〜〜〜〜少なくとも向こうにはデ・リ・カ・シーの欠片もない人はいませんからっっ!!!!だいたい女子に太ったとか太ったとか言うのはセクハラですしそういうこと言うのは空気の読めないオヤジのみと決まってるんですーーー!!」


「てめえが勝手に騒ぎだしたんだろうが!!」

「まあまあ、女の子はふっくらしとる方が可愛いんやけん気にせん気にせん!!」



「ふっくらって言わないで下さい!!もーーー二人共嫌いです!!」



今日も相変わらず元気に言い争う八雲班。

そんな三人にコンコンとノックの音が割って入ると、浮かない顔をした栞奈がひょっこりと顔を覗かせた。



「ちょっと八雲君いい?なんか呼んでるわよ〜…伊野田部長と岩ちゃんが。」







「岩井さんが…?何で俺に。」



御幸の問に、栞奈は肩をすくめて苦笑いを浮かべた。


栞奈の言う岩ちゃんこと岩井俊雄は、タイムレーン事業に多額の融資をしてくれているいわゆる財閥の人間であった。

だが多額の出資でタイムレーン事業の人間が頭が上がらない事をいいことに、わがままをよく言う困った人だと裏では専ら評判が悪かった。



「知らないわよ〜〜なんでも特別に話したいことがあるとかで…ご愁傷様、八雲君。」


「………こま、行って来い。」

「なんで私なんですか。」



「あのわがまま岩ちゃんが来るといっつもろくなことにならないんだからねえ〜…まあ頑張って〜。」



「……何が起こるんですか?」

「何やろうねえ…。」


「さあな。」




栞奈の言葉に全員が一末の不安を覚えながら三人は顔を見合わせた。

だがまだこまはこのトラブルメーカー岩井さんの災厄がこれから自分に降りかかることになるなど、知る由もないのであった…。




....................




ー…ザー……ザー…



「はあ…とりあえずこっちにいればおやつもないから太りはしないよね…。」



御幸と別れ一足先に戦国時代に着いたこまは、こちらでもジトジトと続く雨に空を見上げた。

ここ最近の甲斐は毎日雨が降り続き、なんとなくジメジメと気分が落ち込んでしまう雰囲気が続いていた。



「せめて晴れてくれたらな…。」

「晴れぬなあ…。」







「…晴信さん!!」



軒先で同じく雨を見上げていた晴信と言葉がかち合い、二人はフッと笑いあった。

だが晴信のそれはこまとは違って少し深刻そうで、こまは心配そうに尋ねた。



「雨そんなに嫌ですか?まあ…私も好きではありませんが…。」


「ああ…適度な雨ならばいいのだが、あまり降り続くと川が氾濫を起こすのだ。河川の周りの畑や民家はそれで何度も被害を受けておるから心配でな…。」


「氾濫…それで…。」



甲斐は山間地帯ではあったが甲府盆地という平野を有しており、そこが笛吹川と釜無川の氾濫原となり古来から水害の被害を受けていた。

晴信は雨が降るたびその事を気にかけていたものの、なかなかいい解決策が浮かばないでいた。



「気休めではありますが…てるてる坊主でも作りますか?」

「てるてる坊主?」


「私のところでは晴れて欲しい時にはこれを軒先に吊るすんです。おまじないのようなものですけど。」

「ほう、形代のようなものか。」


「ほらっ、こうやって。」



こまはそう言うと、持っていた紙と布で手際よくてるてる坊主を作ってみせた。

軒先にぶらりと吊るされたてるてる坊主の姿に、晴信はそれをじっと見ながら複雑な表情を浮かべた。




「…………こう…なにやら、首をつっておるように見えるな。」







「そう言わないでやって下さい…まあ、すぐにこの子が雨をやませることは無理でも、少しずつでも雨が弱くなってくれれば。」


「少しずつ…そうだな…頼んだぞ。」



二人がそう言いながらもてるてる坊主を見上げていると、板垣がバタバタと慌てた様子で晴信に駆け寄った。



「晴信様。ちょっとよろしいですか。」

「信方、どうした?」



「釜無川が氾濫しておりまた被害が出ている模様です。農民たちには人柱をたてて鎮めるしかないなどという話も出ているようで…。」


「な…人柱だと…!?」



その言葉に驚いた晴信の目には、軒先に吊るされたてるてる坊主の姿が映った。

先程まで可愛らしくも見えていたそれが急に人身御供で捧げられた人の様に見え、晴信はギリッと唇を噛みしめ急ぎ出かける支度を始めた。



「晴信様!?」

「川の氾濫はなんとしても止める。私は甲斐の民を守るために当主になったのだ、供物にするつもりなど毛頭ない。」


「ですが…あの川の流れを止めようと信虎様の代よりいつも画策しては失敗し…もう策という策は試したではありませんか。」



板垣の言う通り、釜無川の氾濫を止めようと今までも対応がなされていないわけではなかった。

だが川の流れを止めようと防波堤のようなものを作っては壊れるを繰り返し、自然の勢いにただただ無力だと思い知らされるばかりであったのだ。



「止める…止めれぬならば……」




"雨をやませることは無理でも、少しずつでも雨が弱くなってくれれば…"



「…………ーそうだ。」



晴信はポツリと呟くようにそう言うと、ハッと何かを思いついたように紙と硯を引っ張り出した。



「止められぬならば…勢いを弱める事に重きを置いたらどうだろうか?」

「勢いを…?」


「ああ、さっきのこまの言葉で思いついた。川に逆ハの字形の堤を一部が重なるように幾重にも作り、水の流れが氾濫原に一気に行くのを防ぐ。こうすれば下流で溢れた水は自然と川の流れに戻っていくのではないか…?」







「「!!!!!!」」

「なるほど……これは試してみる価値はあるかもしれませんな。すぐに皆を集めましょう。」


「ああ、頼んだ。」



晴信の思いつきに、三人は顔を合わせて頷いた。


そうして皆に工事のことを伝えた翌日、

こまの作ったてるてる坊主が仕事をしたのか久方ぶりに姿を表した太陽のもとで、皆は問題の川で治水工事に取り掛かったのであった…。




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