ブリキの歴史覚帳
□第二話 時空を超えた迷子
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ー…バタン…
「……遅い!!」
「ひいいっ!!す…すみません!!」
あれから美波と別れた後、こまはとぼとぼと重い足取りでタイムレーンの出発ゲートに向かっていた。
美波の言葉で一時はやる気が復活したものの、内心は未だ"戦国時代"というものに不安を拭いきれないでいた。
「本当に…今から行くんですか…?生命保険とか入ってたほうが良かったんじゃ…?!」
「死んだら死んだでたんまり労災出るから安心してろ。」
「!!!!!」
「御幸〜〜〜不安を煽ってどうすると!!大丈夫よ、今日はざっくり行き方と帰り方と、あの時代の様子を体験してもらうだけやけんね?
僕達とはぐれんかったら何も怖いことないけん、絶対守ってあげるけん安心しい!!」
「……はい…。」
そう言って頼もしく笑う蛍の笑顔に、こまもぎこちなく笑顔を作り頷いたものの、その真意は容易に見て取る事ができた。
そんなこまに蛍は何か思いついたように鞄を開けると、こまの前に綺麗な一枚の着物を広げた。
「そうやそうや、はいこれ!!こまちゃんの分ね!」
「この着物は…?」
突然目の前に広げられた綺麗な牡丹色の着物に、こまの目にはキラリと光が宿った。
さっきまでとは打って変わってその嬉しそうなこまの表情に、蛍もニヤリと笑った。
「今日は下見やけ着らんけど、これからはその時代時代に合った格好で調査をすることになる。
色んな時代の着物や衣装も着て、その時代それぞれのメイクとか、オシャレをすんのも楽しそうやろ?」
「それぞれの時代の…服にメイク……!?」
「そう!今回は僕がこまちゃんに似合いそうなん持ってきたけど、今度キーパーの衣裳部屋にも連れてったげるけん好きなのいっぱい選ぶといいよ!!」
「い…衣裳部屋……!!!!??」
もともとヘアメイクのしごとを生業にしていたこまにとっては、その言葉はテンションを上げるには十分すぎるものだった。
蛍はそれを見越していたように上手にこまをやる気にさせていくと、さらに畳み掛けるように続けた。
「着方はガンウェアで教えてもらえるし、分からんかったら雲母にも教えるように言っとくけん!
こまちゃんはきっとどの時代の衣装を着ても似合うんやろうなあ…町娘というより姫様位の装いがちょうど良さそうやね。」
「ほ…蛍さんってば…褒めすぎですよ〜〜〜」
「けっ、馬子にも衣装だろ…」
ー…ベキャッツ…
「・・・今御幸さん何か言いませんでした?」
「え?いや気のせいやないかな?御幸はどの時代の衣装着ても不審な山賊に仕上がるからヤキモチ焼いとるんよきっと〜。」
御幸に肘鉄を食らわせ黙らせた蛍は、そう言ってニコニコとこまに笑顔を見せた。
そうしてだいぶテンションの上がったこまを連れ、三人はタイムレーンに乗るための入り口に足を踏み入れたのだった。
ー…ガタン…
「タイムレーンで過去へは各国の規制同盟もあって、限られた時間にしか行けない。
規制のかかっている諸外国は勿論、宗教家共の言う神の生まれた聖年といわれる年や、個人情報や差別に関わるとの理由で、今から遡って300年までの近代…1868年以降は行けない。」
「タイムレーンが発表された時、色々テロや反対運動が起こったりして一時的に治安が乱れたけんね…。
それに事実上近代史はまだタイムレーンの書き出しが間に合ってないけ、空間が不安定すぎて行っても命の保証ができんのよね。」
「……私もまだ小さかったですけど…あの頃のことはよく覚えています。」
タイムレーン発足時の世界の動揺と混乱は、当時まだ幼かったこまの記憶にも残っていた。
やっと消えた差別や身分の差を掘り起こすことを恐れた人々が暴動や蜂起を起すなど、一旦収束したとはいえまだ問題は今の時代にも残っていた。
皆がこうまでして反発した過去への遡行と調査を前にして、こまは改めてゴクリと唾を飲み込んだ。
「でもタイムレーンで過去を調べるにつれて、一級史料と思われていたものが偽物だと分かったりと大幅な歴史認識の改変と発見があったのも事実だ。
戦国武将の年齢がいざその場に行ってみたらだいぶ若かったってのもその最たるもんだろう。」
「当時の年齢の数えが違ったみたいってことが分かって結構ニュースになったもんね。」
「そうでしたね…。」
「だから俺は、そのくらいの犠牲を払ってでもやっぱりこの調査には続ける意味があると思ってる。」
「……御幸さん。」
そう言った御幸の目はどこまでもまっすぐで、
いつも憎まれ口ばかり叩いている御幸の本当の信念が見えた気がして、こまもぎゅっとガンウェアを握りしめた。
「じゃあ、ガンウェアを出して俺のと同時にスタートを押せ。そうしたらタイムレーンの入口が開く。」
「は……はい…。」
「万が一はぐれた場合は落ち着いてガンウェアで僕達に連絡を取ってくれたらすぐに迎えに行くけんね。連絡のとり方は分かるかね?」
「…はい…。」
「行き先は合戦のない1535年4月。場所は下見も兼ねて甲斐だ。」
「えっ!武田信玄さんのいる…甲斐ですか…?」
「あはは、そんな怯えんでも何も突然突き会わせたりせんよ!!」
「…そろそろ行くぞ。」
御幸の一声で、こまはなされるがままに震える手をガンウェアにかざした。
その瞬間、こま達の足の下はまぶしい光に包まれ、周囲の景色が真っ青に変わり始めた。
「……っ…ちょっ…待っ……!!!!」
だが、その様子を見てやはり恐ろしくなり足がすくんでしまったこまは、思わずガンウェアから手を離した。
その瞬間、こまのポケットから一本の口紅が転がり落ち、こまは思わずそれに気を取られ手を伸ばしてしまった。
「あっ……!!!!」
「あっ…バカ動くな…!!!」
「へ‥?」
「こま!!!!!!!!!!!!」
蛍の必死な叫び声を最後にこまの目の前と足元は光で見えなくなった。
そうして次にこまが目を開けた時にはセラミックの床は草の生い茂った地面へと姿を変え、
周囲には鬱蒼とした森が広がっていたのだった…。
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