リバースヒーロー

□29.利用と救済と
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ー…トントン…





『ヒナさん、九条さんが先にロッカーを確認してくると出られました。』



「……分かった。」




まるで昔に戻ったかのような薄暗い部屋に低い声、

佐奈の方を振り向くことなく返事をしたヒナに、佐奈は少し顔を俯けた。




孝之助が襲われてからずっと、ヒナとまともに会話どころか目も合わせられていない。

ヒナの心中は痛いほど察していた佐奈だったが、その思いつめたような横顔に、どうしようもなく胸をざわつかせずにはいられなかった。




『…じゃあ、私は準備を…』

「佐奈。」



『えっ!?あ…はい!!なんですか!?』










突然名前を呼ばれた佐奈は、驚き弾かれたように返事をしてヒナに駆け寄った。

だがヒナは対照的に表情を変えることはなく、佐奈の目ををじっと見ながら頭にポンと手を置いた。






「佐奈は…残って欲しい。」



『…え…?』




「孝之助さんの病院にいれば孝之助さんの警護に当たってる警察に守ってもらえる。だから…」

『何言ってるんですか…?私だって行きます!!危険だって言うなら尚更…怪我してるヒナさんのそばにいます!!』




「俺のことはいい、自分で撒いた種だ。けどそんな俺の為に佐奈がまた危険な目に合うことはない、俺にはそんな…価値もない。」





『…!?』





ヒナの予想外の言葉に、佐奈は一瞬言葉をつまらせた。

だが一呼吸置いて開いた佐奈の口からは、今まで我慢してきた言葉が次々と溢れかえっていた。




『ヒナさんはいつもそうですよね…自分一人で考えて抱え込んで、勝手に結論を出して…私はいつも守られてばっかりで置いてきぼりにされて…また女は仲間外れですか?』



「佐奈…そういう意味じゃ…」

『そういう意味に聞こえます!!私だって守られるばっかりじゃなくて助けたいんです!!和泉さんのことも、ヒナさんのことも……!!私じゃ相談相手にすらならないと思ってるんですか…?』












「……。」







そう言って涙をこぼす佐奈に、ヒナは戸惑ったように顔を俯けた。



バベルを作る手助けをしてしまったことへの罪悪感、それによって傷つけられてしまった佐奈や孝之助への罪悪感。

真っ黒になってしまった心で生まれた、もうこれ以上佐奈には犠牲になって欲しくないという思い。




だがそこでヒナは初めて、思いやりだと錯覚していた自分の傲慢な思いに気がついた。

佐奈に生きていて貰いたいという自分の思いだけを押し付けて、ヒナ自身は佐奈の気持ちを何一つ汲み取ろうとしてこなかったのだ。




ヒナはギュッと手を握り締めると、佐奈に向かって頭を下げた。





「……ごめん。正直…人に相談することに慣れてなくて、どう言えばいいか分からない。でも、そのせいで佐奈を傷つけてたなら…ごめん。」


『……。』





「でも……どうしても佐奈がいなくなるのだけは…絶対に嫌だ…。」




『……ヒナさん。』






絞りだすようにして口にした、ヒナの本音。

佐奈は俯き頭を下げたままのヒナに近づくと、何かに怯えたようなヒナをぎゅっと抱き締めた。






『ヒナさんを置いていなくなったりしません、ヒナさんのことも、私が絶対にいなくならせませんから……!!』



「…佐奈…」



『全部解決して一緒にまた…ここで仕事しましょうね。』














そう言って笑う佐奈の優しくも力強い言葉に、ヒナは佐奈の腕の中で小さく頷いた。



ずっとずっと、出口の見えない真っ暗な部屋に閉じ込められていたようだった。

いっそのこと、お前のせいだと、罵倒して切り離してくれた方が楽だとさえ思っていた。





こんなちっぽけな自分などよりも、遥かに強く、優しい大切なひと。

その存在を確かめ不安をかき消すように、ヒナは佐奈をきつく抱き締めキスをした。





『…ヒナさん、今度からはちゃんと何でも話して相談して下さいね?』


「…うん。」


『ずっと一緒にいますからね?』


「うん。」



『だから今からも一緒に和泉さん助けに行きますからね?』






「…それはでもやっぱり危な…」

『結構しつこいですねヒナさん。』













そう言ってヒナのほっぺたをつねりながら笑う佐奈に、ヒナも頬を緩めた。

もうずっと見ていなかったヒナの穏やかな顔、その顔がたまらなく愛おしくなった佐奈は、再びヒナにキスをしたのだった。







..........................






ー…ドサッ




『じゃあ…これが餌でこっちにリードが入ってますので…』


「了解よ〜おいで〜タマ〜♪相変わらずあんたモフモフしてて可愛いわねえ〜」

「ワンワン!!」





駆け寄ってきたタマの頭を愛おしそうに撫でながら琴子がそう言うと、佐奈はホッとしたように笑った。





『すみません、突然タマ預かって貰うことになっちゃって…』


「別にいいわよ、うちのマンションペット大丈夫だし可愛いし。それより…所長さんは大丈夫なの?ニュース見てびっくりしちゃったわよ…。」


『…はい…今は入院して安定してるみたいですけれど、意識はまだ…。』




「そう…。」




佐奈に連絡をもらいタマを預かるため事務所に訪れていた琴子は人気のない事務所に目を向けた。



いつもは皆で賑い明るい事務所も、今はがらんとして、唯一会ったヒナも思いつめたような表情を浮かべている。

そして琴子の質問に明らかに顔を曇らせた佐奈を見て、琴子は更に不安な思いをつのらせていた。






「ねえ佐奈…本当に仕事なのよね…?」


『え…?は…はい!!』



「じゃあみんな帰ってくるのよね…?この事務所も…元に戻るのよね?」












『……琴子さん…』





不安げに自分を見る琴子に、佐奈はパッと表情を切り替えいつもと変わらない明るい笑顔で笑ってみせ、そして"当たり前ですよ"と力強く口にした。

それは琴子を安心させるために言ったようで、佐奈が自分自身に言い聞かせている言葉のようでもあった。





「そうよね…じゃあタマの事は心配しなくていいから、頑張ってね‥和泉ちゃん達にもそう伝えて。」


『はい!!伝えておきますね。』




「……うん。」






タマを連れて事務所を去る琴子の背中を見送る佐奈。

そんな佐奈に、琴子に見つからないよう身を潜めていた高虎が声をかけた。





「大丈夫ですよ、絶対元に戻れます。」


『高虎さん……はい、高虎さんは…琴子さんに会わなくて良かったんですか?』



「彼女は勘がいい、私がここにいると分かればただごとじゃないとすぐに気づくでしょうから…。」


『……はい。』




ー…ガチャ…



「ロッカーの中身はやはり和泉の持っていたUSBでした。」



『九条さん…。』

「やはり和泉の向かった先は思った通りのようです……急ぎましょう。」



『…はい!!』







この"ただごとではない日常"を壊しに行く。

佐奈はそんな決意を固めながら、孝之助の回復と、和泉の無事を、静かに祈ったのであった…。




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