リバースヒーロー

□26.奪われた日常
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ー…バサッ




「やっぱり…無い…。」












散乱した書類の束に生々しく残った血痕。

九条はそこにあったははずのものの不在に、一人呆然と立ち尽くしていた。






「はあ…どうやらマズイことになっているようですね…。」










九条は顔を曇らせポツリとそう呟くと、

必要な物だけをかき集め、足早にその場を後にしたのだった…。








......................









ー…ガラッ




「あ、九条さん!!」

『お疲れ様です!!』




「…まったく、呑気ですねえ。」










九条が病院のある一室に入ると、そこには和気あいあいとリンゴを頬張る佐奈とオタクの姿があった。





『いきなり怪我して病院に運ばれたって聞いて驚きましたよ、もう仕事詰めにお酒なんて飲んじゃダメですよ!!』


「あはは、ご心配をおかけ致しました。」






オタクがそう言って笑うと、佐奈も安堵したかのように頬をゆるめた。

オタクはこの数日前、仕事場でケガをし倒れている所を発見され病院に緊急搬送されていたのだ。





「そういえば佐奈さん、孝之助さんから電話があって戻って来いとのことでしたが?」



『あっ!!そうだ私お使いの途中なんでした…では私はお先に失礼しますね!!』


「はい!!わざわざお見舞いありがとうございました!!」





佐奈はオタクと九条にペコリと頭を下げると、そそくさと病室を後にした。

そんな佐奈の姿が見えなくなるのを確認すると、九条は打って変わって真剣な面持ちでオタクに向き直った。






「さて、本題に入りましょうか。」


「…はい。」





九条はそう言うと、オタクの前にボロボロのデータ機器を差し出した。

差し出されたUSBやSDカードは鈍器で潰されたようで、素人目に見ても復旧は難しそうな状態だった。





「オタクさんの事務所の書類ですが、やはりバベルに関するものだけがごっそり無くなっていました。

その他のデータ関係もほとんど壊されていて使い物にはなりそうもないですね…。」





「やっぱそうですよね〜…正直…自分が死んででも残したい情報ばっかりだったんッスけどね…悔しいです…。」


「…そんなこと言うもんじゃありませんよ、命が助かっただけでも有難いと思わないと。」





「そう…ですよね…。」











悔しそうな顔でボロボロの書類を握りしめるオタクに、九条もかける言葉なく思わず顔を俯けた。







オタクは何も自分でケガをして病院に運ばれたのではない、何者かに襲われ、情報を奪われたのだ。




事件の概要はオタク自身の意向と警察の方針により報道はされておらず、

九条を除く南在探偵事務所のメンバーも、その真相は全く知らされていなかったのだった。







「犯人は…まだ捕まってないんでしょう?」



「はい…一応"捜査らしいこと"はしているそうですが、捕まらないと思います。佐橋は警察組織との結びつきが強いですから…。」





「犯人は佐橋のバックにいる人間…まあ十中八九そうでしょうね。」


「はい…。」







九条はそう言うと、事務所にスパイに入っていた千咲の事を思い出した。







千咲が南在探偵事務所から持ち帰った情報でオタクのことが知れたのか、はたまたその逆なのか。

バベルの情報を抹消したいだけなのか、それともバベルの存在を知った人間を全て消してしまいたいのか。






犯人組織の意図は分からないが、そのどれをとっても九条達にとっていい話ではないことだけは確かだった。






「でもありがとうございます、こんなこと九条さんしか頼める人いなかったんで…。」




「いえ、私も気になっていたので…ですがオタクさん、データを失ったからといってあまり油断しないで下さいね。

また襲われる可能性がない、とはとてもじゃないですが言い切れません。」






「そうですね…でもそれは九条さん達も同じですよ、本当に気を付けて下さい…!!」


「はい、もちろんです。」


「すみません…僕があんな情報を渡したせいで九条さん達にまで迷惑をかけるかもしれなくなって…」





頭を垂れて申し訳無さそうに口ごもるオタクに、九条はニコッと笑って答えた。





「佐橋の事を調べていればいつかは行き着いた事です、オタクさんが気に病むことではありませんよ。」


「…。」



「では私はこれで…とにかく今後も気を付けてくださいね。」


「はい…お互い様に。」





そう言って二人は顔を見合わせて頷き、九条はオタクの病室を後にした。

それから九条は事務所へと足早に戻りながら、オタクの部屋から持ち出したズタズタの書類を握りしめた。






「……。」














オタクは真実を世間に公表するためなら死んでも厭わないと言っていた。

だが恐らくオタクの命をかけた情報はもう戻ってこないし犯人が捕まる事も恐らく有り得ないだろう。






そんなオタクの今の無念さは









かつて闇金組織壊滅に警察からなんの手も貸してもらえず絶望した自分に重なっていた。







「…皆さんに話すしかありませんね…。」








九条はそうポツリと呟くとギュッと拳を握りしめ、皆の待つ事務所へと戻ったのだった。




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