リバースヒーロー

□18.姿なき断罪人
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ー…カチャ







『戻りました〜あれ、九条さん誰か来てたんですか?』





事務所に戻った佐奈は、ひとつ置かれたカップを見て九条に尋ねた。





「ああ、営業の方のお話聞いてただけですよ。佐奈さんとヒナは今日の依頼分は終わりですか?」


『はい!!あとは報告書まとめないといけないので頑張ります!!』


「ふふ、はい、頑張って下さいね。」





九条はそう言うと、報告書を抱える佐奈を微笑ましい顔で見つめた。





「私は今日少し仕事で出ますのでまた何かあったら連絡下さい。」


『はい!!分かりました!!私はもう出ませんのでお任せ下さいっ!!』





佐奈の言葉に九条は笑顔で頷くと、スーツの上着を羽織り事務所を後にした。






...................








ー…バタン…








「で、この管理人割り出せましたよね?」


「…来るなり脅迫じみたこと言わないでくださいよ…九条さん〜。」





ずかずかと九条が入った部屋にいたのは、徹夜明けで会社で仮眠を取っていたらしいオタクだった。





「もう30分も仮眠とったなら十分でしょう、さあ仕事して下さい。それとも今度はかの有名な樹海にでも連れて行って差し上げましょうか。」


「誰か!!ここに鬼が!!!」
















九条が椅子に腰を下ろすとなんだかんだ言いながらもある程度の調べをつけていたオタクは、眠たそうにしながら九条に資料を手渡した。






「ほう、たった数時間でここまで調べられるとはたいしたものです、プロバイダに情報開示をしてもらう手間が省けました。」



「このサイトって一部では凄く有名で、たまたま昔詳しく調べたことがあったんですよ…。

あまりにも前科者達の個人の情報を晒す上に、かなり横暴で上から目線の管理人なのでサイトもしょっちゅう炎上したりもしてましたし、まあそれで逆に有名になった気もしますがね。」




「炎上して集客するのも常套手段なのかもしれませんね…。」



「はい、今では死刑を推し進める集団のリーダーと化しているようですね。」


「……死刑ね…本当は"私刑"に処したいだけのように思えますけどね。」






「でも…身元割り当てなんて僕が調べるよりも朝比奈さんがやれば数分で出来るんじゃないですか?」






オタクのもっともな疑問に、九条は資料をぺらぺらとめくりながら答えた。







「うちのネット担当はこの手の"晒し"事案が苦手でしてね…出来ればあいつらにはこんな事知って欲しくないんですよ。」



「…?」








オタクは九条の言葉に少し首を傾けながらサイトを眺めると、事務所の三人の説明文を見て手を止めた。






「私もジャーナリストのはしくれなので事務所の皆さんの過去の事件も知っています、

でも個人的な感情を抜きにしてもここに書いてあることは虚偽ですし、こんなこと晒すべきではないと思います…。」



「…。」




オタクのまっすぐな言葉に九条は少しいたたまれないような様子で俯いた。






「ですが私達のせいで傷ついた人間がいることも確かですから…こういう社会的制裁込みの懲役だったと思っていますよ。」



「九条さん……そんなこと…」







"無い"と言いかけてオタクは口をつぐんだ。





ただ黙って全てを受け止めるしか答えの落とし所を見つけられない九条。

きっと自分がこんなことを簡単に言えるほどこの問題は単純なことではないとオタクは瞬時に痛感した。







「……九条さんはこれからどうするつもりなんですか?」


「まあ地味にプロバイダに削除要請出してイタチごっこになるようでしたら直談判ですかね。」



「直談判…あまり一人で会いには行かないほうがいいと思います…かなり偏った考え方の人間ですので…。」






「…ご心配どうも…ゴホッ…ゴホッ…ゴホ…!!!!」


「…ちょ……大丈夫ですか九条さん?」





九条はゴホンと咳払いをし息を整えると、心配そうなオタクにいつも通りの飄々とした笑顔を見せた。





「大丈夫ですよ、あ、くれぐれもヒナと和泉にはこのサイトのこと言わないで下さいね。」



「でも…九条さんやっぱり言った方が…」













「あの二人はやりたくて罪を犯したわけじゃない、こんな思いして欲しくないんですよ…お願いしますね。」



「………はい…分かりました…。」







九条はそう言って少し頭を下げると、サイト管理人の資料とともにそそくさとオタクの仕事場を後にした。











「それは九条さんだって…そうじゃないんですか…?」



















オタクはそう腑に落ちない様子で呟くと、遠ざかる九条の背中を見送った。







.....................









ー…ゴホッ…ゴホ…






「ケホ…風邪でもひきましたかねぇ…。」





ズキンと痛む喉をおさえながらも、九条は本当に痛んでいるのが別のところであることに気付いていた。

胸の奥がズシンと重石を付けられたように重く痛む、それはずっとずっと前から知っていた痛みだった。









とうに乗り越えたと思っていた傷。


いや、思いたかった傷。













ー…ゴホッ…ゴホ…








「九条君…明日からもういいから…ほら…君の前科のことをね、みんな怖がっちゃって…」



「正社員にって話…やっぱり無かったことにしてもらってもいいかな…?」












「だって君、"詐欺師"なんだろう?」














ー…コホッ…










「………早く…終わらせないと。」














九条はそうポツリと呟き、止まらぬ咳に苦しそうにしながらも黙々と静かな街で歩みを進めたのだった。







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