ブリキの歴史覚帳

□第十七話 赤の兄弟
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ー…ガバッ…



「昨日は酔いつぶれてしまってすみませんでした!!」



翌日、居酒屋で見事に酔いつぶれてしまい記憶の無くなってしまっていたこまは、痛む頭を栞奈の前に下げていた。



「あはは、いーのいーの!!ちょっとはこまちゃんがスッキリしてたらいいんだけど。」

「はい!!それはもう…!!あと…背負って送って頂いていたみたいで…栞奈さんが腰を痛めてないかと心配で…。」


「え?ああそれは私じゃなくて蛍よ。こまちゃんが男ら説教して揉めて、こっそり付いてきてた蛍が仲裁に入ってね。そのままこまちゃんが眠ってたもんだから蛍が送っていったのよ。」



「へ?」



栞奈の口から出た事実はこまの記憶からは既に消え去っており、こまは目を丸くして固まった。

夢うつつながらも広い背中に抱きつき眠った覚えがぼんやりあるこまは、顔を赤くしながら動揺に震えた。



「あ…あれ蛍さんだったんですか…!?というか説教って一体……?全然覚えて…無いです…。あわわわわ蛍さんにも早く謝りに行かないと………!!」

「別に蛍は気にしてないと思うよ〜嬉しそうだったし。それに蛍って今日定期調整の日だから夜までいないんじゃない?」


「定期調整?」


「そ、アンドロイドは作られた日から一年ごとに調整受ける事になってんのよ。だから今日はキノコさんとこの研究室に籠もりっきりだと思うよ。」


「そうなんですね…。」

(作られた日から一年ごと……じゃあ今日って…)



ー…コンコン…



「失礼します。寿さん、ナビゲーター部の部長からE棟に来て欲しいとの伝言です。」

「あ…はい!!ナビゲーター部………分かりました、すぐに向かいます。」


「ああこまちゃん、あんまり無理は…しないのよ。」


「……はい!!」



告げられたその場所には心当たりがあった。

こまは一瞬だけその顔を強張らせると、栞奈に頭を下げて足早にその場所へと向かったのだった…。





.......................




ー…ギイ……


「失礼…します…。」



「………。」

「………美波さん。」







こまがE棟に到着し通された薄暗い部屋には、先日蛍によって強制送還された美波の姿があった。

美波は今までのナビゲーターとしての功績や有用性を踏まえ刑事処罰は免れたものの、ここE棟で謹慎と称した厳しい取り調べを受け続けていたのだった。



「……ごめん…なさい………。」

「……。」


「こまちゃんの気持ちを何度も…何度も裏切って利用して……許して貰えるなんて思っていないけど……本当に…ごめんね……。」



今にも消えてしまいそうなか細い声でそうつぶやくと、美波はこまに小さく頭を下げた。

以前のキラキラした雰囲気や容貌からは想像もつかないほど憔悴しきっていた美波は、震える手で溢れる涙を何度も拭った。



「私のことは…いいんです、美波さんの気持ちが分からないわけじゃないですから…だから私もあの時美波さんを無理に引き戻せなかった…私のせいでもあります。」


「こまちゃん……。」


「でも武田を滅ぼそうとした事だけは…あの時蛍さんや御幸さんが手を貸してくれなかったら、死ななくてよかったはずの人がたくさん死んだかもしれない。私の大切な人も…あの戦でたくさん亡くなりました。」


「……。」


「どうしてこんな事をしたのか…教えてもらえないですか…?」



こまの問いに美波はためらうように一度口を引き結んだものの、暫くしてポツリポツリとこの件の経緯を語り始めた。



「実は私ね…子供の頃一度、タイムシップから落ちたことがあるの。」

「え……?」


「あの頃はまだタイムシップに防御壁も無くって、観光で来ていた私はそのまま落ちちゃって。死にかけていたところを救ってくれたのは、まだ元服前の謙信様だったの。」










「幼いながらも一瞬で心を奪われたわ…それからすぐに助けに来たキーパーに救われて私は元の世界に戻った。」



「……。」



「謙信様も幼かったし私のことは覚えていなかったと思うけれど…私があの日謙信様に感じた感情は、どれだけ時間が経っても消えなかったの。」



それは美波がまだ幼かった頃のある事件の記憶、それから今に至るまでの予想外の事実だった。

一度子供の滑落事故が起こってから安全対策が講じられた事はこまも知っていた。だがそれが幼い美波だという事は当然ながら初耳だった。



「それから私は謙信様の事を調べに調べた…そしてもう一度会う為に、キーパーを目指したの。」

「!!キーパーを…?美波さんが…!?」


「ええ、でも駄目だった。代わりに受かったのはナビゲーター…一度の受験しかできないこの仕事、移動の可能性に賭けて私はナビゲーターになった。

頑張っていればいつかきっとと思って…でもナビゲーターの仕事が軌道に乗れば乗るほど、キーパーに移動の話なんて上は見向きもしてくれなくなってね。もう最後の方は移動なんて絶望的だと言われたわ。」


「……!!」



「私はこまちゃん………あなたが羨ましくて仕方がなかった…。あなたは私に憧れてナビゲーターになりたいと言ったけど…私は……ずっとあなたになりたかった……!!!!」









そう言って泣き崩れた美波に、こまは言葉を発することが出来ずに手を強く握りしめた。


人生はどうしてこうも上手くいかないのだろう。

自分とあまりにも重なる過去。美波の気持ちが痛い程に分かりすぎて、こまは何度も神様どうしてと心の中で呟いた。




「でももうこれで私のキーパーへの夢は潰えた…タイムシップにももう乗せられないと言われたわ。後は罪を償うために…この現代でタイムレーンの客寄せとして務めるだけ。」

「そんな……!!」


「自業自得だし私はいいの。でも…少しでも哀れだと思ってくれるなら…これを…上杉家に…謙信様に届けてはくれないかしら…。」


「これは……手紙…?」


「挨拶も礼も出来ずに合戦中に消えてしまったから…もう会えないと、ありがとうと…最後にちゃんと伝えたいの…お願い……!!」



渡された手紙には、いくつもの涙の跡らしきものが滲んでいた。

こまが震える手からそれを受け取ると、美波は何度も何度も消え入りそうな声でありがとうと繰り返していた…。






ー…パタン…


(断れるわけなんて…ないよ…。)







手紙を懐に忍ばせたまま美波のもとを離れたこまは、いたたまれない思いを振り払うように街の雑踏を歩いた。



この曲がり角を曲がればまたキーパーの仕事が待っている。

辛くて悲しいことも多い、でも美波が何よりも渇望した、その仕事が。



「キーパーになったって…ずっとそばにいられるわけじゃ…無いんだけどな…。」


(それでも…なんだよね。)



こまはそう呟くと、まとまりきらない思いを抱えたまま仕事場に向かってトボトボと足を進めた。

だがその途中、ふと道沿いの店に飾ってあったモノにどうしようもなく目を奪われ、こまは思わずそれを手に取った。



「きれい……。」

「いらっしゃいませ、そちら今日入荷したばかりの新作なんですよ。」



こまが手にとったのはネクタイピンで、小さいながらも精巧な歯車の装飾と綺麗な薄紫の石がついているそれは、キラキラと入ってくる光によってその色が変わっているようだった。



「カラーチェンジフローライトといって熱や光によって全く違う色を見せるんですよ。」


「フロー…ライト…?」

「和名では"蛍石"とも呼ばれますね。」



「!!」









.................




ー…パタパタ…



「あ…蛍さ…」

「調査不十分って…またそれ!?こんなに結果は出とるやん!!」


「!!」


陽もすっかり落ちた頃、調整が終わりやっと木野の研究所から出てきた蛍に声をかけようとしたこまは、電話越しに怒鳴る蛍に思わず身を隠した。



「結局利益優先の為のもみ消しやろ…一色のことも結局お咎め無しって…ああ、分かった。頼んどくわ。」


(美波さん…?)



蛍が通話をやめ歩き出すと、思わず聞き耳を立ててしまったことに罪悪感を覚えたこまはぶんぶんと首を振った。

そしていつもの笑顔を浮かべると、胸に握りしめていた箱を持って蛍に駆け寄った。




「蛍さん!!」

「ああこまちゃん、もう仕事終わりやろ?どうしたん?」


「あの…昨日泥酔してご迷惑をお掛けしました…本当にありがとうございました!!」

「あはは、そんな事!!なーんも気にせんでいいのに!!」


「それでこれ…せめてものお礼を含めた、誕生日プレゼントです!!」



「へ……?」



こまはそう言うと、綺麗に包装された小箱を差し出した。

蛍は驚きつつもそれを受け取り箱を開くと、そこにはさっき見つけたフローライトのネクタイピンが入っていた。



「これ……僕に……?誕生日…って…?」


「はい!!栞奈さんに定期調整の日は生まれて一年ごとにって聞きました、ってことは今日が蛍さんの誕生日なんだなあと思いまして…。

それ、カラーチェンジフローライトって言って熱や光で色が変わるんですって!!気に入ってもらえるといいんですが…。」


「フローライトって…蛍石…?」


「はい!!蛍さんみたいだなあって思って。いつも助けて頂いているお礼も含めて…誕生日おめでとうございます!」


「……!!」








そう言ってにっこりと笑うこまに、蛍は懐かしくてあったかい、そんな不思議な感覚に襲われた。



「………こまちゃん!!!!!!」

「へ!?」


「命よりもデータよりも大事にする……!!!!!!!!ありがとう…ほんとに嬉しいわああああああああんん!!!!!」


「ちょ……命とデータを最優先にしてください!!」





笑ったり泣いたり怒ったり見せる色がコロコロと変わる蛍は、まさにそのネクタイピンのフローライトのようだった。


蛍の言葉にまた一抹の不安を感じなかったと言ったら嘘になるが、

今はただ自分に向けられたこの心から嬉しそうな笑顔を信じようと、こまはそう思ったのだった…。




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