ブリキの歴史覚帳

□第三話 5日間の忘れ物
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ー…ザワザワ…




「このあたりが城の城下だ、あまり大きくはないがこの地域で一番人が多いところだな。」


「本当ですね、ここに来た時は夜だから分からなかったですけど…楽しそうです!!」




あれから城の外に出た二人は小さいながらも賑わっていた商店で足を止めた。

皆年越しの準備に追われているようで、せわしなく働く人々にこまも圧倒されていた。




「我が国は海もなければ山が多く米や作物を作るには不向きな土地が多くてな、こうして商人から物を買うことも多い。

まあこの作物を作るのに不利な立地が戦では自然の要塞になって有利…というのがなんとも皮肉ではあるがな。」









「なるほど…そういえばここは内陸だから海が‥。」

「ああ、私も文献でしか見たことのない海を一度は見てみたいんだ。こまは見たことがあるか?」



「はい!!もちろ…」



勿論だと返事をしようとしてこまは思わず口をつぐんだ。

この時代は同じ日本といえども隣は敵国、容易に海に行くことも出来なかった時代なのだと思い直し、こまは小さく頷き返した。



「そうか、こまの住んでいたところは海があるのだな!!羨ましいなあ…海の向こうには異国の者の住む国があるのであろう?見てみたいな…。」


「いつか…一緒に見に行きたいですね。」

「あ…ああ!!そうだな!!!!」




そう言って嬉しそうにはにかむ晴信にこまも笑顔を見せたが、内心複雑な思いで一杯になったこまは思わず顔を俯けていた。



(いや、無責任なことを言ったかな……晴信さんは結局海を見ることが出来るんだっけ…?いや、それを調べるのが私の仕事だったっけ…。)




晴信のこの先の未来は元の時代に行けば大方は史実として知ることが出来る。

でもこの目の前にいる晴信のそばに自分がいることによって、皆は時代や政治に湾曲されて知り得なかった真実を知る事が出来るのだ。




(私だけが…晴信さんの歴史を伝えられるんだよなあ…。)




「……こま、こま?」

「あ、は…はいっ!!」



「大丈夫か?何か思いつめたような顔を…」

「あっ…いえ、大丈夫ですよ!!ってあ…これって‥もしかして!!」



「紅と白粉か?」



晴信が思わず心配するような顔をしていたこまだったが、商店に並ぶ紅と白粉を見つけるやいなやその顔はぱあっと明るいものに変わっていた。

昔の化粧品にはしゃぐこまのコロコロと変わる表情に、晴信はおかしそうに声を上げて笑った。



「全く…こまは見ていて飽きぬのう、心配そうな顔をしたり嬉しそうな顔をしたり忙しない。」

「せっ…忙しない!?すみません…化粧品には目がなくて、思わず盛り上がってしまいました…。」









「あ…いや…!!褒めておるのだ…!!」

「えええ〜…ホントですか〜…?」


「…ふふっ。」



「「!!」」



こまと晴信が他愛のない話で言い合っていると、紅を売っていた店の女が楽しそうに笑った。

二人が思わずきょとんとして店の奥に目をやると、長い前髪で片目を隠した妊婦の女性がニコニコとしながら二人を眺めていた。



「仲がよろしいなぁ、なんだかこちらまで幸せになって参ります。」


「そ…そうですか…?あれ…でも幸せというならお姉さんこそじゃないですか!!もうすぐ生まれるんですか?」


「ええ…そう…なんですけどね…。」

「?」



そう気のない返事をして女性は赤子の宿った腹をさすったがその顔はどこか浮かない様子だった。

こまが不思議そうに首を傾げると、女性は長い前髪で隠していた頬ををちらりとこまに見せた。







「私は顔に生まれつきアザがありまして…これがこの子にもうつったら可哀想やなあと心配ばかりしてしまって…だってね、やっぱり生きづらいのは私が一番知ってますからね。」



「……お姉さん。」

「……。」




そのアザは女性の目のすぐ下にあり、長い前髪で隠せば見えないとはいえ女性ならば気にならないはずのない大きさだった。

新しい命の誕生という幸せな出来事がこんなアザのせいで喜べなくなっている女性に、こまのメイク魂がうずうずし始めていた。



「お姉さん、ちょっといいですか?」

「……え?」


「そんなアザで悩むなんて…お姉さん綺麗なのにもったいないです!!ちょーっと失礼しますね。」


こまはそう言うと有無を言わせずずいと女性に近付き、隠し持っていたメイクポーチを取り出した。








その中からこまはコンシーラーを取り出し女性のアザにポンポンと乗せ白粉となじませた。

その手際のよいこまの様子を間近で見ていた晴信が感心したような声を上げると、何が起こったのか分かっていない女性にこまは手鏡を手渡した。




「はい!!完成です!!如何でしょう?」

「こ…これは…?あざが…消えてる……?」








「それとあざは子どもにうつったりしません、もしあったってこうして簡単に消すことだって出来るんです。だから安心して元気な子を産んで下さいね!!」


「………!!!!」



何度も手鏡の中の自分を信じられない様子で眺める女性は、こまのその言葉に大粒の涙を流した。

こまはそんな女性の喜ぶ様子に満足そうな顔を浮かべると、持っていたコンシーラーを女性に手渡した。




「これ良かったら使って下さい。隠したい部分に置くように塗って白粉を押さえるように叩けば完璧です。それにお湯で簡単に落ちますので!!」


「で…でも…こんな素晴らしい物を私などが頂くわけには…!!」

「いやいや、私何個も持ってますから!!ぜひ使ってやって下さい!」



「あ…ありがとうございます…!!何とお礼を申せば…本当にありがとうございます……!!!!」

「……元気な子を産んでくれ、くれぐれも無理をせぬようにな。」



「晴信様……!!はい……!!」




嬉しそうに泣き笑いながら何度も頭を下げる女性に、こまは何度も手を振った。

そんなこまを晴信は尊敬にも似た眼差しで見つめながら、その店を後にしたのだった。





ー…ドサッ…


「えへへ〜紅に白粉にこんなに頂いちゃいました!!嬉しいなあ〜!!」

「全く…こまには驚かせられてばかりだ。こまは化粧が本当に好きなのだな。」



「そうですね、ノーメイクノーメライフですね!!」


「のーらい……?」

「すみません忘れて下さい。」



そう言ってまた他愛のない話をしていた二人だったが、こまの横で並んで歩いていた晴信は先程より少し浮かない顔をしていた。



「晴信さん…?どうかしましたか?」


「ああいや……赤ん坊…無事に生まれるとよいな…。」







「?はい!!」



この時、こまには晴信のこの言葉の真意は全く分かっていなかった。

だが晴信はこまの屈託のないその表情に元の穏やかな顔を浮かべると、何かを思い出したように声を上げた。



「そうだ、こまに渡さねばならぬものがあったのだ。」

「渡すもの?」



「初めて会った時こまが落としていった紅だ。」



「落とした…紅…?え…あーーーー!!シリアルナンバー入りの口紅!!?晴信さんが拾ってくれてたんですか!!!!」


「ああ、だが戦の際に懐に入れておったら少し壊れってしまってな、細工職人に直して貰っておったのだ。待っておれ、すぐに取ってくる。」


「は、はいっ!!」


(やったーーーー!!もう諦めてたけど…シリアルナンバー入プレミアリップ!!)




晴信はそう言うと、喜びに目を輝かせるこまを残し人混みを掻き分け細工職人の店に向かった。

こまは半ばもう諦めていた宝物との再会を心待ちにし、ウキウキと胸を高鳴らせながら晴信の帰りを待ったのだった。





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