オリキャラの話
□救済―前編―
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「さぁ、行くぞ!」
111番道路の途中に広がる広大な砂漠。その手前にポツンと小さなポケモンセンターが建っている。その前で砂よけのマントに身を包み、頭にゴーゴーゴーグルを装着したポケモントレーナー、ナツが元気よく砂漠の方へ歩き出した。
遡る事3日前。キンセツシティを訪れていたナツ達はテレビ中継されていたポケモンコンテストを観覧したり、バトルに精を出して得た軍資金でゲームコーナーへ繰り出し大当たりを連発して店のオーナーに土下座されたりと、特に何事もなく上機嫌で過ごしていた。
その夜、ポケモンセンターの人通りのない廊下で、ナツはポケナビを使って1ヶ月ぶりに家に電話をかけた。その顔は昼間とは打って変わり、どことなく強張っていた。覚悟を決めたように実家の番号を選択すると、呼び出し音が数回鳴り、ピッという受信ボタンの音がした。
「もしもしスギシタです」
電話に出たのはナツの実母、アキナ。ナツは深く息を吸い込んでしゃべりだした。
「もしもし母さん、俺だよ」
「ナツ!?本当にナツなの?もうどうして今まで連絡してこなかったの!!心配したじゃない」
「ごめんごめん、こっちも色々あってさ…それに頼りがないのは無事な証拠って言うだろ?」
怒るアキナに軽く笑って平謝りすると、それ以上追及されないように話を進める。
「で、今キンセツシティにいるんだ」
「そう、随分かかったわね」
「そりゃそうさ、カイナからムロを経由してぐるっとまわったからね、もともとそんな急ぐ旅じゃ無いし」
「体調はどう?怪我なんかしてないわよね?」
「あったりまえだろ?俺がそんなヘマする訳ないだろ、母さんは心配しすぎなんだよ」
何て事は無い、ただの親子の会話…のはずなのに雰囲気が妙によそよそしい。
「あの、それで」
「ママ〜だれとおはなししてるの?」
ナツが本題を切りだそうとしたその時、受話器の向こうから幼い少女の声が聞こえる。
「あらユキちゃん、起きてきちゃったの?」
義父ツトムと母アキナの間に出来たひと回り程年の離れた妹ユキノ。普段ならもうとっくに寝ている時間だ。
「俺だよ、おチビ」
「ナツだー!」
相手がナツだとわかると無邪気に笑いながら電話にかけよってくる。
「元気だったか、おチビ」
ナツは決してユキノの事を名前では呼ばない。そして自分の事は必ず名前で呼ばせる。まるで一定の距離を置くように。
「うん、げんきだよ!あのねナツ」
「ん?」
「いつになったらおウチに帰ってくるの〜?」
「!!」
一番聞きたくない台詞だった。全身を思い切り締め付けられているように苦しくて、息が出来ない。
「ナツ〜?」
「…はは、何言ってんだおチビ、まだ家を出て何ヶ月も経ってないだろ」
幼い彼女には何の罪もない。何のけじめもつけず、うやむやのまま家を出た自分が悪い。硬直した胸を解きほぐすように深く息をする。
ポケモンセンターには、モニター付きの電話も備え付けてある。それを使わなくて真底良かった。こんな顔、見せられたものじゃない。
「これからハジツゲのコンテスト見に行ってフエンの温泉に入って、あとミナモの美術館にも行きたいし、トクサネの宇宙センターも興味あるし、まだまだやりたい事や行きたい所が山ほどあるんだ」
ナツは動揺を隠すように次々と行きたい場所を挙げ連ねていく。
「だから、まだ当分は帰らないよ」
「ふぅ〜ん、そうなんだぁ」
少し残念そうなユキノの声に心が痛んだが、アキナに電話をかわらせる。
「もしもし母さん、それで」
本題に入ろうとしたその時、廊下に設置されたスピーカーから消灯を知らせるアナウンスが流れる。
「こんばんわトレーナーのみなさん、そろそろ消灯の時間です、各自部屋に戻り就寝の準備をして下さい」
「ヤバ、じゃあもう切るから、また電話する!」
「え、ええ」
ブツッ…ツーツー
「…参ったなぁ」
電話を切ったナツは壁に寄りかかってひどく疲れた顔をしていた。肝心の「近いうちに砂漠に入るから当分連絡出来ない」という内容を伝えそびれてしまった。
ナツはのろのろとキト達の待つ部屋へ戻る。扉の前で一呼吸つき平然とした様子で中へ入った。
「ただいま〜」
『お帰り…あれ、ナツ大丈夫?何だか顔色が悪いよ』
部屋で帰りを待っていたキトはナツに元気がない事を一目で見抜いた。
「え、ああほら、…今日も結構色々あったから少し疲れただけだよ、寝ちまえば治るから大丈夫」
少し動揺しつつも適当な理由をつけてごまかすとキトの頭を撫でた。
「ありがとう、心配してくれて」
『そんなの当たり前だよ、ボクらパートナーなんだから』
キトの心遣いに嬉しさから笑みがこぼれる。そんな様子を見てキトも安心する。
「さ、そろそろ電気も消えちまうしさっさと寝ようぜ、おやすみ」
『うん、おやすみ』
そう言って2人はベッドに入る。暫くして、部屋の電気が消された。
それから3日間、ナツはろくに睡眠を取れていない。