+*短編*+


□守護者たち〔※名前変換なし〕
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西廊国へ向かう道中にある、広大な砂漠地帯。



――ヒヒーンっ…!

背に乗る主に突として手綱をくいと引かれた馬が、声を上げて足を止める。



砂漠の地を馬を使って移動していた一人の僧侶は、普段とは何か違う気配を感じて眉を顰めた。

その仕草に伴い、長めに伸ばされた僧侶の前髪も微かに揺らめく。



突然の行動に多少なりとも驚いている様子の馬を宥めてから地に降り立つ。

目指していた西の方角から北側へと視線を滑らせた。





「……何なのだ…この気は…」





何かしらの気配は感じるというのに、気配の正体を掴む事が出来ない。

隠れる場所もないこんな広い地帯で…。

答えに行き当たらない状況に少なからず僧侶は困惑した。





「悪質…な気ではないのだが――…だ…?」





不意に、キラっ…と眩いものが視界の片隅に映り込み、首を傾げる。





「…だ…?だ、だだだぁー…ッ!?」





彼が奇妙な叫びを上げたのは無理もない事かもしれない。

昼間とは違い、今は休息の時と言わんばかりに温度を下げた砂地を見守る星の内の一つが明るく輝きを増したと思った次の瞬間。

ドスンっ―――…。





「…っう、ん…?」





…己の上に人が降ってきた。

咄嗟に態勢を整える事も出来ず、僧侶は空から降り落ちてきた者を自身の身体で受け止める事となった。

相手も同じ年代頃の男性のようで、勢いを伴った身体をさすがに受け止めきれずに相手共々砂の上に寝転がる状態となる。

この時少しだけ…ある仲間の気持ちが分かったような気がしたが、それでもきっと仲間の彼への自分の対応は変わらないだろうな、と心の中で苦笑する。





「大丈夫…ですのだ?」

「…え?あ、あぁ、申し訳ないっ。すぐに退〔ど〕きます…っ」





相手の男性に声を掛けると、彼は優雅な身のこなしの半面で速やかに僧侶の身体上から退〔しりぞ〕いていった。





「…あの…あなたはどちら様でしょう?」

「オイラは流浪の旅人なのだ」

「…こんな砂漠地帯を…旅していらっしゃるのですか…?大分変わった趣向の方なのですね…それにそのお顔も…趣味か何か…ですか?」





様相に関しては普段からもこんな反応は多い。

加えて、もう言われ慣れてきている言葉でもあるはずなのに…。

言葉の真意は他にもあるような気がして…。

訝しげに寄越される視線が何とも言えず、僧侶は自分の顔から“仮面”である笑い顔を取り外した。





「……!…傷を隠す為のものでしたか。今までのご無礼…どうかお許し下さい」





はっと弾かれたように姿勢を正し、相当畏まった謝罪には苦笑で返す。





「いいのだ。あなたが気にならなければ、それで。だが、この傷を簡単に受け入れてくれる者ばかりでもない。だから…オイラは面をつけているのだ」





これ、と、先程まで顔に施していた面を相手に見えるように掲げる。





「…お優しい方…なのですね、あなたは」





仮面をつけていた理由を述べただけだというのに。

会ったばかりの彼は、質素な作りではあるが所々に金糸で刺繍が施された衣装に身を包み、慈しみ深い笑みを顔に浮かべた。











**§**







「…そう、でしたか…。此処は異世界でしたか。どうりでエスファハン国の砂漠地とは異なった地形のはずだ」





馬が砂漠の上で身体を休める傍ら、僧侶と青年もまた、たき火を囲って肩を並べていた。

たき火の灯が揺らめくのを見つめて青年はそんな言葉を漏らす。





「ユナ様に話したら…とても喜んで話を聞いて下さるに違いない」





彼の頭の中で過っている光景など全くもって想像できるはずもなく、僧侶は首を傾げる。

すると、クスクス…笑みを絶やさずに青年は今度は僧侶に向けての言葉を放った。





「…私が仕えている王が愛するお方…ゆくゆくは妃となられる方も。我々が住む世界とは異なる世界の娘なのです」

「だ。美朱ちゃんと同じなのだ。オイラたち七星士が護る巫女も異世界の娘なのだ。共に…この国の平和を護る為に戦った少女。――彼女は今…幸せにしているだろうか」





“少女”が背負うにはあまりにも過酷で壮絶な戦いだったに違いない。

だが、彼女は多くの悲しみや苦しみを味わいながらも、如何なる時も“希望の光”だけは捨てなかった。

“戦い”に身を投じる事で目まぐるしい成長を遂げた彼女は。

彼女が愛した“彼”と共に幸せの道を歩み続けているだろうか。



青年が語る話に耳を傾けて、僧侶は胸の内でそんな想いを馳せる。





「何だか…凄い話だ。一体…この世に“世界”は幾つあるのか」





僧侶と居る事に慣れてきたのか、青年の言葉が少しずつ親近感が得られるような話し方へと変わっていく。



話題が途切れれば星空を眺め。

どちらかが口を開けば、互いの視線を絡めて時には微笑み合い。

唐突な出逢いは、不思議な時をもたらした。







僧侶と青年。

二人の間にあった距離も何処となく薄れを見せ始めてきた頃。



周囲の気に乱れが生じたように感じられて、僧侶は前触れもなく立ち上がり、自然と息を潜めた。





「…どうかしまし――」

「何かが…こちらに近づいてきている…」





僧侶にワンテンポ遅れて立ち上がった青年も、一瞬の後には表情を厳しくし、腰に携えた鞘から剣を引き抜く。

たき火を消して互いに背を預け、周囲に満ちる気配を探る。





「…オイラ…無闇な殺生はあまり好まないのだが…」

「奇遇ですね、私もだ」





たったそれだけの言葉。

だが、僧侶と青年の二人の中ではおそらく寸分の違いもなくその後の策が合致していた事だろう。





――ヒヒーンッッ!!!

――グルルルルゥ……ガウゥッ!!





馬もまた、それらの気配に気づいて飛び起きたその声が合図だった。

さぁ獲物の捕獲の時間だと言わんばかりに、勢いをつけて飛びかかってきた生き物の影。

血に飢えた瞳を闇夜に光らせ、鋭い牙の先を獲物へと容赦なく向ける。





「野犬か…っ!」





青年から小さく上がった声には答えず、僧侶は襲いくる存在たちを錫杖の先で薙ぎ払っていく。

青年もまた、剣を鞘から抜いたものの、剣先は生き物の影たちには向けずに柄の部分で当身を食らわせて、周りからその存在を遠ざける。





「今だ!来るのだ!」





野犬たちの息遣いが砂地に近い所で吐かれ、全ての影が自分たちから離れた隙を見逃さずに僧侶は叫んだ。

先に馬の背へと身を飛び乗らせた僧侶に続いて青年も僧侶の後ろへ乗る。

それを確認した僧侶の足が馬の腹を蹴った。



ヒヒーン…!

夜の砂漠の中、疾走していく影を野犬たちが恨めしそうに眺めていた。











**§**







「…見かけによらず…なかなかの強者だ」

「見かけによらず、は余計なのだ」





風を身体全体で感じながら、後方から聞こえてくる声には、朱雀の仲間との会話のようにテンポよく答えを返した。





「失礼。大切な存在を守る者同士、ヤワじゃいられませんしね」

「なのだ」





会話は途切れたが、風は途切れる事なく肌で受け続けている。

見えぬ風の流れとは反対に、視界を次々と掠めていく幾多の星たち。

今日はとにもかくにも不思議な日だ。



一度感じた事のある星の眩い閃光が僧侶の視界に映り込んだような気がした。

それに伴い、後方に存在しているはずの温もりが徐々に消えていく。



一際明るい星の瞬きを身に受けた瞬間。

砂漠にぽかりと大きな煌びやかな王宮のような建物が現れる。





「サラムさん…!?」

「サラム!お前は何処へ行っていたのだ!皆で心配したのだぞっ」





入り口で佇む人影から上がる声の方へと駆け寄る青年の後姿。

だが、その光景が掻き消える直前、彼は僧侶の方を振り返ってにこりと笑う。





「ありがとう。お互いの世界を私たちで守っていきましょう。また何処かで―――…」





――お会い出来たらいいですね。

青年のその言葉を最後に。

数刻の時を共にした青年は、僧侶が身を置く世界から消えていった。







西廊国の街並みを目前にした僧侶だったが、そちらへとは向かわずに馬を引いて砂丘を歩く。





「オイラだけじゃない…お前も見たのだ…?」





狐に抓まれたような気持ちで漏らした言葉に、馬の鼻先が僧侶の頬へ押し当てられる。

それはきっと肯定の意だろうという事は、十分に伝わってきた。

クスリ、と、何だか可笑しさが込み上げてきて口元を綻ばせる。



初めて会ったような気がしなかった不思議な彼〔か〕の青年。

左目に傷跡が残る僧侶の顔には、青年とよく似た雰囲気を持つ微笑みが浮かぶ。





「…あなたも…その笑顔で…見守っているのか」





――自分の世界で、守っていく大切な存在たちを。





「たった数日だったが…オイラの旅のお供をしてくれてありがとう、なのだ。お前と貴重な体験が出来て良かった」





馬の鼻筋を撫でやった僧侶に、ひひーん…と、馬は何処か少し寂しそうに鳴いた。











**§**







西廊国入り口に在る門前の店屋へ、数日間旅を共にした馬を引き渡した後、僧侶は徐に手にした笠の中に姿を消す。

あっという間。

正にその言葉がぴったりだ。



――ドスン。





「…いったーーー!?またお前か井宿ー!!」





生まれ育った国へと瞬時に移動した先で派手な喚き声が僧侶に向けて放たれる。





「…君ほど騒ぐ元気はオイラにはなかったのだ」

「人の上にいきなし着地してきて何わけの分からんことぬかしとんのじゃ、おのれはー!」





お決まりの文句にお決まりの反応。

よく空気を壊す彼ではあるが、そんな雰囲気も悪くない…寧ろこんなにも居心地よく感じるようになっていたのは何時からだろう。





「…何か…あったんか…?お前…」





面を施していない僧侶の顔を見た男は、その直前までの事はもう忘れ去ったかの如く、心配そうに声を掛けてきた。



自分でもまだ少し信じられない、夢のような一時。

真剣に話せば、彼は信じてくれるだろうか。





「仲間が増えたのだ…!」





あの青年のように。

僧侶は嬉しそうに…でも少しこそばゆそうにはにかんだ笑みを湛えて。

この国で戦いを共にしてきた仲間の一人に、そう語った。

















**§****§****§**



西廊国に向かって旅をしている途中、

井宿さんが体験した不思議な出来事のお話。



砂漠の地を繋げて異世界コラボです!

井宿視点にしているので、アナトゥール星伝という作品を知らない方でも

大丈夫なはず…です(笑)←自信がないのはもういつもの事



“青年”として登場するサラムさんという人物像の記憶は

申し訳ないですが掠れがかっていて…

こんな人だったような…と、もうほぼ想像で書きました←



当初、お題の共有として執筆し始めた事がきっかけで、

この作品が生まれました。

とても楽しく書かせて頂きました(*^^*)♪




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