Oh,my girl!BOOK

□相互理解のための拡大解釈
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「ちょっと、待って」


そう言って玄関先にいた名無しさんの腕を掴んだ臨也。


「なに?」


振り返った名無しさんの瞳が真っ直ぐに臨也の紅い瞳を射抜き、振り向きざまにふわりと広がった髪からはシャンプーの甘い香りが溢れた。

そんな些細な、一瞬にも満たない瞬間に、臨也のすべての奪われてしまう。思考や、言葉や、視線や、心が。

そんな甘くて苦い刹那から現実に帰ってきた臨也は、さきほど言い淀んだ言葉を再び口にした。


「何で、名無しさん…。何で?」


そんな苦悩を滲ませた臨也の言葉に、名無しさんは目を細め首をかしげる。

臨也が自分に何を問うているのかわからない。

仕方なく続く臨也の言葉を待つことにした。言ってくれなきゃわからない。臨也の頭の中は、名無しさんにはわからないような理論や理屈でいっぱいなのだ。





「名無しさん……、



何で浴衣なの!?今日は帝人くんと紀田くんとお祭りに行くんだよね?それで何で浴衣なんか着ていく必要があるのかな。俺とお祭り行った時は着なかったじゃないか。俺と帝人くんたちの間にどんな違いがあるんだ?いや、それは違うだろう。だけれど、その違いからくる事象は本来逆であるはずだよね?俺と出掛けるのに浴衣ならわかるけど、何で帝人くん達とお祭りに行くのに浴衣で、俺の時は普段着な、ッ!ちょ、ちょっとシズちゃん!何す、痛い!うッ、入ってる、入ってる!シズちゃん、苦じ、」

「名無しさん、今のうちに行け」


臨也の長たらしい話の途中で現れた静雄が、何となく状況を察し、後ろから臨也の首に手をかけて吊り上げ、名無しさんに手を振って送りだした。


突然訳のわからないことを言い出した臨也に呆然としていた名無しさんだったが兄の介入でなんとか我にかえった。臨也の考えてることは、結局言ってくれてもよくもわからなかった。


「ありがとうお兄ちゃん。いってきます」


兄の心遣いに名無しさんは感謝し、下駄を履いた足をカラコロ鳴らしながら兄に手を振って出掛けて行った。




「残念だったな臨也。名無しさんにとって手前はその程度ってことだろ」


絞めていた腕の力を抜いて、ぽいっと臨也の身体を放ると、臨也は頭と肩を落として、何やらブツブツつぶやいていた。

名無しさんの浴衣のことが余程ショックだったのか。と、少しばかり同情しそうになる。


「…、名無しさんは俺のこと好きなはずなのに、何でなんだ。何で、俺と浴衣デートしない。しない?もしかしてできないのか?したいのに、できない。俺だから、できない。あ、そうゆうことか」


臨也の独り言を聞いていた静雄は不穏な展開に拳に力を込めて臨也の次の言葉を待った。


「名無しさんはきっと恥ずかしくて俺とのデートでは浴衣が着れなかったんだよ。でも、今日浴衣を着て、そして出かける前にその姿を俺に見せたということは、今日の夏祭りの喧騒の中、俺に無理矢理連れ去ってほしいという無言のアピール。自分からは恥ずかしくて言えないけど、きっと俺ならそれに気づくだろうと。大丈夫だよ、名無しさん。俺は君をちゃんと理解してる。よし、なら俺も浴衣で彼女を迎えにいかなきゃ。花火が上がる直前がベストだな、それから…うッ!シズちゃんいきなり殴らないでよ、ぶふッ!痛い!それ痛いから!!」










相互理解のための拡大解釈。






「シズちゃん、俺は名無しさんを理解するためだったらいくらでも歩み寄るんだよ。歩み寄って、歩み寄って、名無しさんのそばを片時でも離れない!名無しさん、ラブ!俺は名無しさんがす、痛い!痛い!」

「手前は少し黙ってろ。ったく、何が悲しくて臨也の野郎なんかと2人で花火見なきゃなんねぇんだよ」

「シズちゃんが俺を行かせてくれないからだよ。はぁあ。ビールでも飲もう」

「何で自分の分だけなんだよ」

「シズちゃんも飲みたかった?言ってくれなきゃわかんないよ。俺はシズちゃんに歩み寄る気はないんだから」

「ハッ。そりゃお互い様だ」


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