メゾン・ド・ソレイユBOOK

□変
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『おやすみ、静雄』

「おう」


――同日、夜


ラーメンで膨れた腹をぽんぽん叩きながら、アイツは自分の部屋に戻り、それを見送った俺はそのまま煙草を吸うために玄関へ向かおうとした。


「なーにニヤついちゃってるの?シズちゃん」

向かった階段をちょうど登ってきたのは、臨也の野郎で、最近の俺はコイツの声を聞いただけでキレることができるほどになった。

だが今はアパートの中。いつもみたいに殴りかかることはできない。つか、しない。

それでもここにいれば俺がコイツに苛立ちを覚えないってわけじゃねぇから、俺はなるべくコイツの存在を頭から消してその脇を通り抜けようとした。


「名無子のこと、そんなに好きなの?」


ぴたり、

すれ違いざまに放たれた奴の言葉に俺ははたと足を止めた。


「あ?何か言ったか?」


その言葉をすぐには理解できなかった。

は?俺が名無子を何だって?

俺が名無子を…、好き?


「なんだ自覚なし?名無子に対して何かは思ってるけど、それが何なのかわからないって感じなのかな?本当にシズちゃんは鈍いというか疎いというか…」

「手前、何が言いてぇ」

「いや、俺はただシズちゃんに気付かせてあげたくって。君が名無子に恋心を抱いているってゆう揺るぎない事実をね」

「…………、くだらねぇ」


臨也の顔も見ずにそう吐き捨てた俺は、ギシギシと軋む階段をゆっくりと降りた。

玄関を出て、煙草に火を点ける。

最初の一口を大きく吸い込んで、ゆっくりとそれを吐けば、煙はゆらゆらと明るい夜の空に昇っていった。


「………………」


昇っていく煙を見上げて、その視線を明かりのついた名無子の部屋に流した。

煙のように薄いモヤがぐるぐると自分の中を濁らせている感じがした。

何なんだこの感じ…

自分の中に広がる何かについて考えてみるが、頭にもモヤが広がってるみてぇで、うまく働かねぇ。

そのままぼーっとしていた俺を引き戻したのは、突然視界から消えた名無子の部屋の明かりだった。


「寝たか、」


そう思って、また煙草を口に運ぼうとした瞬間。


ガラガラガラガラッ!


と名無子の部屋の窓が開いて、俺は思わず名無子の部屋から死角になる場所へと隠れた。


って、何で俺が隠れなきゃなんねぇんだ!!


ドキドキと弾む心臓を押さえながら自分でツッコんでも、何で隠れたのかわかんねぇ。

何にビビってやがるんだ俺は…!


そーっと、名無子に気付かれないように木陰から覗いてみる。

名無子は窓縁に頬杖をつきながら、晴れ上がった星空を眺めていた。

俺も、そんなアイツをじっと眺めていた。

何だかアイツは、ずっと見ていたくなるつうか、見てると落ち着く。





ずっと…


俺の目の届くところにいりゃあいいのに…









「って、アチっ!!」

『…ん?』



あっぶねー!煙草に火つけてたの忘れてた…


いつの間にか短くなってしまっていた煙草を携帯灰皿に急いで捨てて、俺は息を潜めて名無子に気付かれていないことを祈った。


つか、だから何で俺がコソコソしなきゃなんねぇんだ…


訳のわからない自分の反応にイライラし始めた俺は、その苛つきを込めて名無子をキッと睨もうと顔を上げて、




「……アイツ、」





俺がまた名無子に視線を戻した時アイツは、俺に見せたこともねぇ優しい顔で、

柔らかい笑顔で、


隣の部屋の窓を見ていた。



いや、それは俺の部屋じゃなくて、

今は空いているはずの俺とは逆隣の部屋を…。








何なんだ…


その綺麗な笑顔に、俺は妙な騒めきを覚えた。




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