メゾン・ド・ソレイユBOOK

□雨
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「……あ?停電か?」



――ある日、雷雨


一際大きな雷が落ちたと同時に部屋の明かりがプツリと消えた。


それから間もなく壁の向こうから鈍い物音が響いた。




ガコンッ!


「…………アイツ、大丈夫かよ」


夜目の利く方な俺は少しして目が慣れると、隣人の様子を見に行くことにした。



コンコンッ


「名無子!大丈夫か?」


木戸を軽く叩いて俺はそれを引いた。


『…静雄? …電気消えちゃって …痛ッ! 静雄 …どこ?』


ドアを開けると少し先で名無子がテーブルやカバンに足をぶつけながら手探りで玄関に向かってきていた。


「俺が行く。危ねぇからお前はそこから動くな」


こいつは猫っぽいくせに猫目ではないらしい。


「さっきの雷でやられたんだな。しばらくすれば勝手に直んだろ」


足元を確かめながら、俺は手を伸ばして俺を待つ名無子のもとに近づいた。


「ほら。俺はここだ」


そう言って名無子の手を取ってやる。


それに安心したのか、名無子が強ばらせていた肩の力を抜いたのがわかった。


「もう大丈夫だ。今懐中電灯持ってきてやるから、ここでじっとしてろ」


そう言って俺は名無子の手を離した。




『待って静雄!』

「あ?」



そう小さく叫んだ名無子は部屋に戻ろうとする俺の服をぎゅっと掴み、暗闇に目が慣れないせいか、少し俯き加減にそれを引き止めた。



『1人はヤダから…一緒に行く』


「……………………」



その言葉に俺は一瞬フリーズする。



な、何だよそのいつもと違ういじらしい感じ…お前それはズルいだろ?ズルいよな!?んな、そんな風に言われちまったら…俺は、もう、何も言い返せねぇ…


いやいやいや!何言ってんだ俺は。今のは俺じゃねぇ誰かの声だ。俺のじゃねぇ。


「すぐ戻ってくるからここにいろ」

『やだ』

「あ?言うこと聞けよ。待ってろ。わかったな」

『いやだ』

「…はぁ…わかったよ。ほら掴まれ。俺から離れるなよ」


意地でもついてくるつもりの名無子に折れた俺は自分の腕に掴まるよう名無子に促した。



『うん』


ぴとり、と名無子が俺の腕に掴まって、俺はまた頭が真っ白になった。


腕に何か、ふわっとした感触が…


いやいやいやいや、気のせいだ!きっと気のせいだ。俺の腕に当たってる柔らかい何かは…きっと名無子の腹だ!そうだ絶対そうだ!こいつ明らかに運動不足だもんな。ちょっと腹のまわりに肉がついてんだろ。あぁ、仕方ねぇ奴だな。ったく…



『…静雄?』

「おっ!な、何だよ…俺は別に、何も気にしてねぇぞ!女は、そんなもんだろ!なっ」

『…ん?…うん』


不思議そうに首を傾げる名無子に可愛いな、なんて一瞬思っ・・・違う違う違う!

懐中電灯を取りに行くんだ。そうだ。忘れてた。



「足元よく見ろよ」

『うん』


名無子の仕草一つ一つに思考があらぬ方向に逸れる。しっかりしろ俺!


ブンブンと頭を振って俺は名無子を引きずりながら部屋に戻り、どこかにしまってあった非常用の懐中電灯を探した。



「…お前、いい加減離れろよ。探しにくいだろ」


俺が押し入れをガサゴソと探している間もコイツは俺の腕を離そうとしない。



『…だって…こわい』


そう言って名無子はギュッと俺にしがみつく力を強めた。


あー、そんなにくっつくと柔らかい何かが押しつけられて、気持ち…よくねぇ!!やめろ俺、やめてくれ。


「…わかった。でも少し離れろ。ほら、」


俺はそう言って名無子の手を握ってやった。


『…うん』


名無子はその上にもう片方の手を重ねて、俺の左手を両手で包んだ。


その手は俺の予想以上に小さくて華奢で、なんか…守ってやりたくなる、そんな感じがした。





『あっ!』


突然白んだ視界と名無子の声に、電気が復旧したことを知った。


『明るくなった』


心底安心したような声で、名無子は明かりのついた蛍光灯を見上げていた。


「思ったより早く直ったな」


俺は懐中電灯を探すのをやめ、押し入れの戸を閉めた。


『静雄、ありがとう』

「おー。俺は何もしてねぇけどな」










一緒にいてくれてありがとう、


そう言って名無子は笑った。


自分がいることに感謝されたことなんて、今まであっただろうか…





お前が望んでくれるなら、俺はいつだってお前の傍にいる。

お前が許してくれるなら、俺はいつまでもお前の傍にいる。



明かりがついても俺の手を離さない名無子に、俺はそんなことを思った。





「雨も止んだみてぇだし、飯まだなら何か食いに行かねぇか?」

『行く。ラーメン食べたい』

「よし、じゃあラーメンなら…」



そんな会話をしながら俺たちは繋いだ手をそのままにアパートの外に出た。

水溜まりに映る星空を飛び越え、俺は小さな手を引っ張りながら近所のラーメン屋へ足を向けたのだった。





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