メゾン・ド・ソレイユBOOK
□礼
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コンコンッ、
――夜、
木造の家の戸が叩かれたのを聞いた俺はすぐに玄関を開いた。
『こんばんは』
ペコリと頭を下げて玄関先に立っていたのは隣人の名無子で、その手には深めの鍋があった。
『お邪魔します』
「ちょ、待て馬鹿!」
俺の脇の下を抜けて断りもなしにズカズカと家に上がりやがった名無子は、部屋の真ん中にあるちゃぶ台にその鍋を置くと、ぐっと体を反らしてポンポンと腰を叩いた。
「お前、勝手に人の家にあがってんじゃねぇ」
俺はたたみ途中だった洗濯物を部屋の端に寄せた。
『そのパンツ可愛いね』
「バッ!勝手に見てんじゃねぇ!」
洗濯物に紛れていた俺の下着を指差す名無子に咄嗟に俺は怒鳴った。こいつにはデリカシーってもんはねぇのか?
『これ、肉じゃが』
「は?」
俺は自分の下着を含めた洗濯物を押し入れに隠そうとそれを持ち上げたところで、
次の瞬間にはバタンッという音と共にアイツは姿を消していて、
俺は呆気に取られたまま両手に抱えた洗濯物をどうしたものかと一瞬考え、状況を理解してからドサッとそれを床に落とした。
「アイツ、これだけ置いて帰ったのか?」
バタンッと少しくぐもった音がすぐに聞こえ、名無子が隣の部屋に戻ったということがわかった。
テーブルに近寄り鍋の蓋を開けてみると、中身はアイツの言ったとおりの肉じゃがで、食欲をそそる甘じょっぱい匂いが鼻先をくすぐった。
「もしかして、朝と昼の礼か?」
可愛いことするじゃねぇか、なんて思わず顔を緩めてしまった。
「ありがとよー!!」
俺は壁に向かって大声で叫ぶと、コンコンッとその壁から返事が返ってきた。
薄い壁もこういう時には案外いいもんだ。
まだ夕飯の支度をしていなかったから飯も炊いてなかったが、俺は台所から箸を持ってきて、じゃがいもを一つつまんだ。
俺ん家のより少し甘めの味付けだったが、俺はこの味もすごく好きだった。
それにアイツがこれを作ったのだと思うと、なんだか必要以上に味わって食べてしまう。一つ一つの具を噛み締めながら、気付けば俺は肉じゃがだけで鍋の半分も食べてしまってて、腹がいっぱいになってやっとそのことに気付いた。
その間ずっと、アイツが台所に立ってこの肉じゃがを作るところを想像していた俺って…変態か?
いやいや、んな訳ねぇ。変態じゃねぇ。つかアイツのことなんか考えてねぇ。断じてねぇ。
俺はブンブンと頭を振って、突然の乱入に中断されてしまった洗濯物たたみを再開することで気を紛らわせたのだった。
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