メゾン・ド・ソレイユBOOK

□日
1ページ/2ページ



『…んあ?!チョコチップメロンパン!!』


「あ、おはよう名無子。寝起き第一声がチョコチップメロンパンって、どんな夢見てたのか気になるところだけど、そこは敢えてスルーするよ」


『あ、臨也。   …ん?』


「君の起き抜けの頭に浮かんだだろう疑問に答えるなら、ここは学校で今は2限の数学の授業中。ついでに君のバカデカい狂言のせいで君はクラス中の注目の的、授業妨害も甚だしいよ全く」


とか言う俺も、静まり返った教室で1人ペラペラしゃべり続けて彼女と同じく注目の的になっているということは敢えてのスルー。






「名無、後で職員室な。折原付き添って一緒に来い。名無だけじゃ心配だからな」


「俺すっかり名無子の保護者ポジションが板に付いちゃったみたいですね」


そんな教師と俺のやり取りの間にも彼女は鞄の中をゴソゴソと漁り、おそらく数学の教科書を探しているだろうというマイペースぶり。


運悪く、と言っていいのか。俺は最初の出席番号順に決められた席で彼女の隣のになってしまったという因果によって、今では彼女の面倒は俺がみている。


『臨也、教科書みせて』


数秒後諦めたように鞄を床に投げ出し、机を動かして俺の机にくっつけてきた彼女。


『鞄の中身、昨日のままだった』


2つの机のつなぎ目の上に開かれた俺の教科書を眺めながら尚もノートをとる気配もシャーペンを握る気配もない彼女。


教科書なんか全部学校に置いておけばいいんだよ、君みたいなタイプは家で予習復習なんてどうせしないだろうから。


そう言う俺ももちろん置き勉だけど俺は授業で一度聞けば大抵頭に入るから、そんな地味な努力は必要ないのだけれど。







「じゃあ次の問題名無やってみろ。名誉挽回のチャンスだぞ」


教師の目が悪戯に光り、そこには名無子の汚名を晴らさせる気はあまり見られない。

答えられない名無子に、じゃあ次から居眠りはするなと説き伏せるための振りでしかない。


しかし何を思ったか彼女はパッと自分の席から立ち上がり、教壇に立ち白チョークを握ると、サラサラと数式を展開させただ一つの正しい答えを導きだした。





「へー…、思ったよりできるじゃん」


帰ってきた彼女にそう言うと、彼女はニカッと無邪気な笑顔を俺に向けた。


可愛いな、なんて月並みだけど、他の不特定多数の俺の愛の対象である“人”の中では、彼女は少し特別な場所を占めるだろうことは、なんとなく予想できた。







『臨也のノート見たから』

「……あっそ」





悪戯に笑う彼女を頬杖をつきながら横目で流し見る。


割と量の多い彼女の髪には寝癖がついたままで、跳ねた毛先をふわふわと揺らしながら、俺のノートをやっと写しはじめた彼女。

その髪が実は猫っ毛でとても柔らかいというのは今日の朝知ったこと。





アイツは彼女の髪が猫っ毛だってこと、知ってるのかな…?




アイツというのは言うまでもなく、朝彼女を肩に担いで華々しく登校した平和島静雄のこと。


彼の噂は中学の時から耳に入っていた。


“暴力が服を着たような”


そんな形容をされていた彼。


俺がそんな彼に興味を抱くのは当然の流れで、

合格していた第一志望を蹴って彼が入学すると聞いた来神に入ったのだ。まぁ、第一志望と言っても偏差値が高いというだけで選んだ学校だったから未練も何もないのだけれど。




しかし彼と彼女の繋がりは俺が期待してた所ではない。








―名無子と静雄くんってどういう仲なの?



彼女がつらつらと写すノートの端にそう書くと、


―アパートのお隣さん


と、その下に少し癖のある丸い字で返事が返ってきた。


そうして始まった筆談はその授業が終わるまで繰り返され、俺のノートまるまる1ページをあまり意味を成さない掛け合いや落書きで埋め尽くした。


すぐに飽きて寝てしまうだろうと思ったが、俺の予想に反して楽しげに俺のノートを荒らしていく彼女は、相当な気分屋か、もしくは俺に懐いたか。

後者であってほしい気持ちは、今の段階では6:4程度。

でも、こうやって彼女と日々を過ごしていけば、その比率がどんどん傾いていくだろうことは予測できる。

頃合いをみて適度な距離を置かなければ、彼女は俺の危険因子になりかねない。

でも、うまく使えばいい手駒にもなりえる。





喧嘩人形、平和島静雄。



奴を釣るには、きっといい餌になるだろう。

















クラスメイトさえも、盤上の駒にしてしまう。

そんな俺は冷血非道?

いや、俺は愛で溢れているよ。俺の愛で人類全てを包んでやりたい。

愛でて、暴いて、曝して、その全てを知りたいんだ。


特別な君には、俺から特別なプレゼントをあげよう。


きっと君は喜んで、俺に感謝するだろうな。


そんな君の顔を見れるのが、今から楽しみで仕方ないよ。






なんて心の中で笑っていたら終業のチャイムが鳴って、彼女はありがとうと礼を言ってフラフラとベランダへ向かって行ってしまった。


授業が終わった途端俺の隣の席を離れた彼女は、やっぱりただの気分屋なのかもな、なんて。


少しだけ、

胸の温度が下がった気がした。



.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ