ただ君と、甘い幻に浸る

□心の闇を祓えるなら
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夜更け、暑さで寝付けず、水を被ろうと井戸に向かっていた。

「……?」

水を汲もうと桶に手を伸ばした時、どこからか声が聞こえた、あれは…優の部屋からだ。


「このような夜更けまで…」


もしかしたら同じように寝付けないのかもしれない。
そう思い、あまり音を立てず近づいた。


「……ん……きら…」

「?」


どうやら起きてはないようだが…寝言?


「あきら…」

「?!」


誰の名前かは判らないが…
明らかな男の名前に驚いた。


「っ…や…いやっ…!」

「優…?」


束の間、いきなり魘され始めた優が気になり障子をあけた。

「いやぁぁぁぁぁー――っっっ!!!」

「優っ!!」


突如怯えたように叫ぶ優を抱きしめ、落ち着かせようと何度も名前を呼んだ。

何が…あったんだ…?


「あ…っ…う…」

「優、大丈夫でござるか…?」

ガタガタと震える優を見て、ただ怖い夢を見ただけじゃないと感じた。

やがて、焦点の定まっていなかった目が拙者を写す。


「っ…ん、し…ん?」

「そうでござるよ、優…」

「け…っんし…」

目に一杯の涙を浮かべ覚束ない手でぎゅっと服を握る。

「ふっ…う、ぅっ…」

大粒の涙を流しながら、何度となく呼んだ「あきら」という名前。
そして…


「おか、さっ…とうさっ…!」


親も、親しい友人もいないと言っていた優がここにきて初めて、「お父さん」「お母さん」と口にした。


一体過去…いや、優のいた世界で何があったのでござるか…?


それからどれくらいそうしていただろう、落ち着きを取り戻した優はゆっくりと顔を上げた。
その頬と瞳は、痛いくらいに真っ赤になっていた…


「ごめん…」

「いや、拙者は良いでござる。」

いつも明るく、皆と笑い合っている優からは想像もつかないような暗い表情。

だが、それも優…
拙者はいつまでも待つでござるよ。

「……剣心は、どうしたの?こんな時間に。」

「暑くて中々寝付けなかったのでござるよ。水を汲みに出たのでござる。」

「そ…。」

また俯く優に、一人にした方が良いかと立ち上がる。

「…優?」

「一人に…しないで…っ」

そう言われて漸く気づく。
優は何か怖い夢を見たからあんなに魘されていたんじゃないか、それなのに泣いている優を一人にしようとするなんて…


「大丈夫、どこにも行かないから、安心するでござるよ。」


謝罪の意も込め優しく抱きしめる。


「おいてか…っないで…」

「優を置いていくなど、誰に言われようと絶対にないから…」

頭を撫でていると突然優が話し始めた。



「夢、を…みた」

「夢…?」

「ん。昔のことなんだけどね。私に親がいないってのは言ったっけ?」

「…あぁ。」

そう答えれば、そっか、と苦笑いで拙者を見つめる。

「実は、家が放火されたんだ、中学…じゃなくて15の時に。」

ぐっと堪えたような目で、そのときを思い出すかのように目を閉じた。

「私は、家が隣だった幼なじみが助けてくれて…軽い火傷とかで大きな怪我もなく済んだ。でも…火の回りが早くて…消防隊の人が鎮火した時にはもう遅かった。」

「……」

「で、助けてくれた幼なじみがね…落ちてきた柱を左手で受け止めて…殆ど使えなくなった。」

ぽつりぽつりと紡ぐ言葉を聞いて、確信する。
先程の「あきら」は幼なじみ…ということを。

「あきらはっ…気にするな、お前がっ助かってよかった…って…っ」

「優…」

「リハビリすれば少しは動くからっ…だから気にするなって…」

どれだけ、その言葉が優を救ったのだろう。
火事で親を失い、家を失った優を…
その少年が救った…

「今は引っ越して遠い所にいっちゃったけど…偶に連絡したりしてた。」

「ん…」

「それまではよかったんだけど…最近…夢に見る、あの日を…」

最近、それは多分優がこちらに来てから、だろう。

「私だけ…五体満足で…幸せだから…っかなぁ?」

まるで自分を嘲笑うように涙を流す優を、じっと見つめた。

「それは違うでござる、何故夢を見るのかはわからぬが、決して優だけが幸せだから、ではござらんよ、あきら殿は…笑っていたのでござろう?」

「っ…!」

「それは多分優が心のどこかでそう思っているから、かもしれない。ご両親もきっと…そのような夢より、優が笑顔になれる夢をみてほしいと願っているでござるよ。」

ぽたぽた流れる涙を拭って、優しく頬を撫でた。

「優が、自分を責める事などない…ご両親は、優が生きていてよかった、と…思っているでござる、きっと。」

「あ……っおかあっさん…」

「だから、笑って伝えるといいでござる。毎日の事を…」

「おとう…さん…」

「きっと…その報告を誰よりも、待ち望んでいるから…」


「っ…うん、つた、える…!」



それから翌朝、少し目を腫らした優が笑顔で拙者に伝えた。


「あのね、お母さんとお父さんがね…」

――いつまでも仲良くね

「って言ってた、夢の中で。」

「そうか、それは責任重大でござるな。」

「毎日毎日報告するもんね、勿論あきらにも。」

「もし優を泣かせたら夜は寝れないでござる…」

「あははっ。」




ふと、声が聞こえた様な気がして、上を見る。


――いつまでも…




あぁ、ありがとうございます…


必ず…







――いつまでも幸せに…



end

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