ただ君と、甘い幻に浸る

□存在の理由
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「薫ちゃーん。」

「あら、どうしたの?道場に来るなんて珍しいわね!」

ある朝、洗濯物を干していたら道場から元気な声が聞こえてきた。


「私ももうちょっとやりたいなーって。」

「ふふっ、良いわよ。」


おろ…また手合わせでござるか…
優がどんどん強くなって拙者、中々手が出せないでござるよ…


どんな感じなのか少し見てみようか…。


「はい、木刀。」

「ありがと。じゃあ師範代、お願いします。」

「行くわよ、はぁっ!」

「っく、…はぁっ…!!」


ほぉ、中々…っていやいや、中々じゃない!
あんなに真剣にやられては困るでござる…

「もらったぁぁぁ!!」

「しまっ…!」


「おろ…薫殿の勝利、でござるな。」

しかし、ああやって取り組んでいる姿は、凄く良いものでござるな。

「剣心!」

「おろ?」

木刀…?

なぜ優は拙者に木刀を?

まさか…

「手合わせ、しないとは言わないよね?剣心。」


やはり。
まだ諦めていなかったのか。


「拙者、竹刀や木刀は苦手で…」

「問答無用!」

やれやれ、言い出したら聞かないところは薫殿そっくりでござるな。

仕方ない、諦めて手合わせにつきあうとしよう。


「優!剣心をやっつけちゃえ!」

「まっかせて!」

「お…おろ…」


何やら妙に殺気立っているでござるな…
拙者何かしたのでござろうか。


「さて、と。いい?」

「ふぅ…いいでござるよ。」

「ん。OK。」


兎に角今は手合わせに集中するでござるな、


そうして木刀を構えた瞬間。


「はぁっ――!」

「っ…と。」


いきなりかかってきた優に驚き右によける。

「お見通しだ…!!」


そのまま見事に回転し、木刀が脇に擦れた。


あ、侮っていたようでござるな。

神谷道場の師範代と手合わせするだけのことはある。


だがしかし…


「足下が」
「かかったな…」

「おろ?」


とんっと床に降りたとき、反対に優は高く飛んでいた。

「優オリジナル龍槌閃!!」

まさかそんな…
技を見せたことなど一度も…!

威力も、早さも、劣るが…

「…優ったらいつのまに…?」

これは確かに拙者が使う流儀…
飛天御剣流…龍槌閃!

「でやぁぁぁっ!!」


「……はっ!」


「っ、ぐ…」


し、しまった!
つい…手が出てしまったでござる!

「すまん優!大丈夫でござるか?!」


「いったー……完璧じゃないとはいえ、剣心を驚かせようと思って使った龍槌閃。まさか返されるとは思わなかったよ。」


「剣心!何やってるのよー、大丈夫?優。」

「ん、平気。ちょっと背中痛いだけ。まさか壁に激突なんて体験ができるなんてね。」

拙者は、飛天御剣流を優の前で使ったことはない。

ここは神谷活心流、弥彦や薫殿が使うのは…

いや、あまり考えてても仕方ない。

「優、飛天御剣流を…龍槌閃をどこで…」

「……秘密。」

「え?」

「秘密だよ。そんな顔で、聞いたって教えてあげない。」

「優…」

「ほら、部屋に戻って着替えましょう、手当もしなくちゃ。」

「うん。」



わからない。
だけど出来れば…優には使ってほしくないでござる。


『驚かせようと思って』


それだけであんなに…?


『まさか返されるとは思わなかったよ。』


一瞬だけ感じた闘気。

思わず手を出してしまったが…
かなり抑えた。





******



「ご馳走様!」

「お粗末様でした。優、先にお風呂どうぞ。」

「うん!」


やはり、聞いておくべきだろうか。


風呂場へ向かった優を追いかけ、呼び止めた。


「何?」

「昼間のことでござるが…」

「あぁ…それが?」


冷たい瞳、優は…こんな人だっただろうか。

まるで知らない人のようで…

知らない、人?
拙者は、何を知っているというんだろうか。
優の、何を…

突如現れた違う世界の人間。
聞けば、平成の世から来たという。
今は明治。
未来から来た、などと最初は信じられなかったが…言動や行動で、信じざるを得なかった。

だが、それだけだ。

年齢は?
好きなものは?
苦手なことは?
趣味は?
家族は?

何も、知らない。


「??けんし…」

「拙者は…、優に技を見せたことはなかったはず。」

「そうだね。」

「なのになぜ…」

「知りたい?」

「あぁ…」

「怖い顔…そんなに驚いたんだ。飛天御剣流、龍槌閃を使ったことに。」

慣れたように紡がれた言葉。
まるで昔から知っているように…。

「お師匠さんは元気?」

「え?」

「奥義、会得してるんだっけ。」

「なに、を…」

「剣心は私をしらない。でも私は…貴方を知っている。」

何を言っているんだ?
彼女は何を…

「ずるいよね。貴方の過去も、人生も…全部知ってる。」

過去を?

「今まで起こったことも、全部。」

「優…?」

「だけど、全部知ってても変えられない。何も何一つとして。私、なんでここにいるのかな。」

ぽつりと呟いて、空に浮かぶ月を見上げる。
今にも消えそうで…
けれど、体は動かなかった。

「おかしいよね、私がいることで変わるはずなのに、何も変わらない。なんで…?」

あぁ、段々わかってきた。
彼女がなぜ、飛天御剣流を使ったのか。

「なんで…っ貴方は私を選んだの?」

「え?」

「どぉしてっ…どうして私を選んだの?!」

やりきれない思い。
変わらない風景。

同じ朝。

同じ毎日。

だけど決定的に違う。


彼女がいること。
本来なら存在しないはずの彼女がいることでぐるりと変わった日常。
なのになぜ…変わらないと…

「何もかも変わらないのにっ…なん、で…っ」


「優…なんのことでござるか…?」

「「拙者は流浪人、また、流れるでござる。」」

いきなり言われた言葉に驚く。
それは京都へ行く日、薫殿に伝えた言葉。

「おかしいよっ…本来なら…っ、私が…私がここにきたから?薫ちゃんの好きな人は…剣心じゃ、なかった…私が来た日、それを確信した…」

「優、拙者は優と出会えて本当によかったでござる。
薫殿に弥彦、左之や恵殿も、そう思っている。
喩え何かが違うとしても、拙者達がいることに変わりはない。今も、これからも…」

「剣心…私、は…」

「優がいなくなれば、皆、悲しむでござる…それは拙者とて同じ、だから決して自分がいなければ、などと思わないでほしい。」

存在意義。

飛天御剣流を使えば拙者が気になり、必ず問いかける。
そうすれば知っている事を話すようになり、未来が変わる。

そうなれば自分も、皆の中に入れる。

そう考えたのでござろう。

「大丈夫、優は…もうなくてはならない存在なのだから…」


自分はわかるけど、拙者達には自分の世界の事はわからない。
疎外感に見まわれ、多分、精神的に疲れていたのだろう。

気付いてやれなくて…すまなかった。


「お主はここに来たときから、神谷道場の、我々の家族も同然、でござるよ。」


願わくば、
いつまでも傍に…

end

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