ただ君と、甘い幻に浸る
□ただ、笑っていてほしいから
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「大変だったんだね。」
「そうね、あの時は本当、剣心がいなかったら私は今ここにはいないもの。」
「うぅー…っ薫ちゃああぁあん!」
「や、やだ、優が泣いてどうするのよ!もう終わって随分経つんだから今更気にすることないのよ!」
「でもでもでも薫ちゃんが苦しいときにいなかったなんて…!」
よく晴れた夏の日、私は薫ちゃんと話をしていた。
というか聞かせてもらっていた。
剣心と、刃衛との戦い。
どれだけ傷を負ったのだろう、どれだけ心を痛めたのだろう、どれだけ……
考えれば考えるほど、涙があふれる。
「優…泣かないで…」
過ぎたことだけど、でも…
とても痛いの。
「いやぁーいい天気でござるなー」
「あら、剣心。」
「薫殿、優、いい青空が広がって…おろ?」
止まらない涙を見られたくなくて薫ちゃんにずっとくっついていると、不思議に思った剣心が目線を合わせようとその場に座る。
KYめ…
「どうかしたでござるか?」
「剣心。」
「おろ?……拙者は、買い物に出かけるでござるよ。」
薫ちゃんの発した言葉に、剣心は優しい声でそう言った。
剣心がでていったのを確認してからゆっくり離れると、柔らかい笑顔で、薫ちゃんが私を見つめていた。
「もう、大丈夫…?」
「うん…ごめんね、なんか、気…使わせちゃって…」
「いいのよ、気にしないで…」
キリキリと痛む心と、少しの嫉妬…
私だって薫ちゃんが危険だったら省みず戦うのに…
私がいない時の事を言っても、仕方ないのに…
矛盾に、締め付けられる。
「優が危ないと、剣心は助けてくれるわ、私が危なくても、弥彦が危なくても…」
「薫、ちゃん…」
「もちろん左之助が危なくてもね。」
「そうでござるよ。」
「け、剣心…!」
後ろから聞こえた声に思わず振り向く。
そこには野菜を抱えた剣心が立っていた。
「何の話かはわからぬが…危険な目にあっているのに、素知らぬふりはできぬでござる、拙者が助けれるなら、助けたいでござる。」
そうだ、剣心は、こういう人だった。
不殺を貫き、敵も味方も、すべてを生かす剣。
「優が危ないと知ったら…拙者はすぐに、駆け付ける…」
「うん…っ」
「私、道場にいるわね。」
足早に道場に向かう薫ちゃんを見送って、剣心の方を向く。
小さな嫉妬は、もう消えていた。
「ありがとう」
「おろ?」
「私、剣心と出会えて…皆に出会え幸せだよ…」
「優…拙者も、幸せでござるよ。」
衣が擦れる音が近くに聞こえる。
ふわりと香る剣心の匂い…
とくんと鳴る胸の音、暖かい、腕。
「おろ…寝てしまったでござる………大切な人の、悲しい涙は見たくないでござるよ…」
優しく触れた手が、涙の痕を拭って、唇に触れた。
「笑っていてほしいと願うのは、望みすぎ、なのだろうか…」
強く抱きしめる剣心の声が切なくて、背に腕を回した。
「優?」
「けんしん…」
私は、剣心にずっと笑っていてほしい――
End