ただ君と、甘い幻に浸る

□そらとこころ
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「優はまだでござるか…」


赤べこに出かけてくる、と言った優が家をでて大分経った。

きっと燕殿たちと楽しく話をしているのだろう、と思い、洗濯物を乾す。
そうしていたら、黒い雲が出てきた。

「これは、…一雨くるやも知れぬな。」

そう呟いた次の瞬間。
近くに落ちたのか雷鳴が轟いた。
かなり大きい。

「…お、おろー?!」

そしていきなりの土砂降り。
急いで洗濯物を中に入れて、濡れてしまったものとわける。

…雨は少し気持ちが暗くなってしまう。
黒い雲に覆われ、明るい太陽が隠れてしまうから。


「…はぁ、…またし直しでござるな、しかし、優は大丈夫でござろうか。」

呟きながら空を見上げる。
暗い雲が未だ空を覆い隠していた。

そして聞こえてくる足音。

「剣心ー!」

「薫殿、それに、優も、一緒でござったか。」

ばしゃばしゃと激しい音を立てながら二人が家に帰ってきた。
二人に手ぬぐいを渡して風呂を焚くでござるよ、と伝えその場を離れた。
あのままでは風邪を引いてしまう。








「ありがとう剣心。」

「優、ちゃんと拭いたでござるか?」

どうやら先に風呂から上がったのは優みたいで、薫殿はまだ浸かっているらしい。

「拭いたよー、いきなり雨降るんだもん、最悪だよーっ」

「仕方ないでござるよ。」

「剣心がすぐお風呂やってくれて助かったぁ…この寒い中風邪引くなんて洒落になんないよ。」

「しっかり暖めるでござるよ。」

「はーい。」

髪に手ぬぐいを乗せたまま返事をする優が何だか可愛くて、思わず抱き寄せた。

「剣心…?」

「暖かい…それに、いい匂いでござる…」

「ふふっ今お風呂入ったばかりだもん。」

「優…」

「ん?…んっ……」

唇は、しっとりしていて、とても甘い。

「朝晩はかなり冷え込む故、しっかりと暖かくするといいでござる。」

「うん、寒かったら剣心の布団に潜りこむからいいもん。」

「仕方ないでござるなぁ…」

「こほん!そろそろいいかしら?」

「か、薫殿…!!」

「あ…薫ちゃーん、ほかほかだね!」

いきなり聞こえた声に慌てて優から離れる。
気配を感じさせないとは、腕をあげたでござるな…!

「優、ちゃんと髪乾かして寝なきゃ駄目よ?」

「うん!」

「拙者は、夕餉の支度を始めるでござるよ。」

「あ、私も手伝うよ!」

「ありがとう、じゃあ優には運んでもらうでござる。」

「任せてっ」

「私はちょっと道場の方へ行くわ。」

「わかった、用意出来たら呼びに行くね!」

「えぇ。」


薫殿が道場へ行き、さぁ、拙者達も準備を進めよう、と足を進めた。



「優、次はこれでござる。」

「はいよっ、寒い日はやっぱりお鍋だねぇ…」

「体が暖まるでござるな。」

「だね!剣心の作るご飯は美味しくて好きだなぁ。」

「ふふっ、今度は優の作るご飯が食べたいでござる。」

「えー、どうしよっかなぁ?」

「作ってくれないのでござるか?」

「んー…仕方ない、作ってあげるでござるよ!」

運び終えた優が拙者の所に戻ってきてそういう。

その笑顔があまりにも輝いていて、つられた。

「それはそれは、光栄でござる。」

「うむ。なぁんてねっ、あはは!」

「さて、薫殿を呼んでこよう。」

「そうだね、行こっ!」


二人で、道場までの短い間、手を繋いで、まるでデートみたい、と呟いた優の言葉を真似て、拙者もいう。

「今度は、晴れの日に二人きりで、でえと…でござるよ。」

「……はい。」

はにかむ笑顔の優に口づけてから、道場の扉をあけた。

「薫ちゃん、ご飯だよ!」

「今行くわ。」

「今日は鍋でござる。」

「あら、いいわね。」

「いいよねぇ…鍋…」






いつのまにか雷は遠ざかり、雨は上がっていた。

きっと、この家に、笑顔があふれているから。


それもまた、小さな幸福。

そして、暗くなっていた気持ちは、知らない間に消えていて、晴れやかな空が、心に広がっていた。




End

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