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□短編詰め合わせ
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『その唇に誘惑されて』


 久しぶりに放課後の部活が休みになった。課題の終わっていなかった天馬につき合い、剣城も残っていた。二人の他に誰もおらず、教室はシンと静まり返っている。剣城はサッカーの雑誌を読みながら、天馬の課題が終わるのを待っている。
時折、天馬のほうをチラリと見、また雑誌に視線を戻す。そればかりを繰り返していた。邪魔をしないように、でもいつでも手助けできるように。剣城からはそんな様子が伺えた。優しい笑みを浮かべ、ゆったりとした時間を過ごしている。
 カリカリという音だけが聞こえてくる。しばらくの間、天馬は集中して課題に取り組んでいた。

問題を半分ほど解き終えたとき、天馬はシャープペンを動かす手を休めた。そしてジッと剣城を見つめる。 
「なんだ?」
 視線に気づいた剣城が問いかける。ぴくりと身体を揺らした天馬は、ほんのりと頬を赤らめると目を伏せた。
 天馬の様子に首を傾げ、先ほどの天馬と同じように剣城は見つめていた。
「あ……うん、その」
「はっきり言えよ」
「剣城と二人になるの、久しぶりだなって思って」
 剣城はぽかんと口を開ける。
なんだそういうことか。天馬の言葉に口許が緩んでいた。
「帰りはいつも西園たちも一緒だったからな」
「うん。だから嬉しい」
「……俺もだ」
 甘い雰囲気が二人を包む。ふにゃりと頬が緩んだ天馬は、えへへ、と笑った。剣城も同じ気持ちでいてくれたんだと思うと、胸がきゅんと締め付けられた。
「でさ、あの」
「ん?」
「えーっと、その」
 まだ続きを言い淀んだ天馬に、剣城はなんだよ、と怪訝そうな顔をした。ごめん、と天馬は慌てて謝る。
「謝らなくていい。で、どうしたんだ」
「キスしたいなあって、思ったんだけど」
してもいい? なんて愛おしい恋人から言われ、断れる人間がいるだろうか。
 人の気もしらないで。剣城はそう言いたそうな顔をしていた。
「だっ、ダメならいいんだ」
変なこと言ってごめん、と天馬が課題に戻ろうとしたときだ。
 
ちゅ、と短いリップ音がし、唇が重なった。
ほんのわずかな間だったが、時間が止まったかのように感じられた。ゆっくりと唇が離される。キスしてもらえた喜びに天馬が浸ろうとしたときだった。
再び、唇が塞がれた。ビクッと身体を震わせて驚いた様子を見せたが、天馬は目を細めると自分から押し付けていた。薄く開かれた口に、ぬるりと剣城の舌が入ってきた。それを受け入れた天馬は、自分から舌を絡めていく。
 んっ、んっ、とくぐもった声がする。互いに夢中になり、貪りあう。ちゅ、くちゅ、という音がするほど、激しいキス。
天馬はうまく呼吸ができず、剣城の背を叩いた。
「ん、ふっ……ぷはっはあっ」
 とろんとした表情の天馬の唇を舐め、剣城はにやりと意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「……はっ、これで満足か?」
「……うん、頑張る。できたら、またご褒美ちょうだい?」
 ペろりと唇を舐める天馬を見て、剣城はパッと視線をそらした。艶めかしい天馬に、剣城の鼓動が速くなっていく。
「剣城?」
「別に。なんでもない」
「なんでもないって……顔、真っ赤だよ?」
 煩い、と天馬の髪をぐしゃぐしゃにする。なにするんだよ、と天馬の焦った声が聞こえてきた。
 無自覚な天馬に、剣城は盛大にため息をつく。ここが学校でなければ、いろいろと大変なことになっていたかもしれない。いまだにバクバクと音を立てている心臓に、再びため息が出た。
 こんなんじゃ心臓がいくつあっても足りない。
 先ほどまで天馬を乱していたのは自分なのに。自分が主導権を握っていたはずなのに。いつの間にか主導権を奪われ、自分が翻弄させられている。
「つーるーぎー、もう止めてよ」
「お前が変なことを言わなくなったらな」
 えっ、と天馬は驚いた声をあげる。そんな天馬を、剣城は怪訝そうな顔で見る。
「む、無理」
「はあ?」
「だって剣城といると、もっと一緒にいたいとか、もっと触りたいとか思っちゃうんだよ?」
 上目遣いに見つめてくる天馬から、剣城は顔を背けた。まったくこいつは、と顔を真っ赤にする。
 剣城の顔が赤くなっていることに気づき、天馬は押していく。剣城もしたいと思ってくれているのではないか。そんな気がしてならないようだった。
「剣城……だめ?」
剣城からの反応はない。もう一度、だめ? と聞いてみる。
「ったく……ちゃんとできたらな」
「うん!」
 剣城大好き!
 静かだった教室に天馬の声はよく響いた。天馬は満面の笑みを浮かべ、幸せそうに課題に取り組み始めた。
 恥ずかしいやつ、と思いつつも、剣城は満更ではない様子で雑誌に視線を落としたのだった。



End.
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