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□半月は忘れ水に冷え
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※京介×天馬。微シリアス、短め。イナクロ最初のほうの妄想話です




 
 いつもいてくれるはずの人がいない。

 天馬は必死になって学校中を走っていた。剣城がいない。どこを探しても剣城がいなかったのだ。胸が締めつけられるような思いだった。雷門中の異変に気づいてから、サッカー部のメンバーを探した。皆、変わってしまっていた。違う部活動に所属しており、サッカーのことなど少しも興味がない。
 他のメンバーは探し出せたが、剣城には会えなかった。もしかしたら剣城は変わっていないかもしれない。自分と同じ状況かもしれない。思うことはたくさんあった。

 廊下を走っていると、こら、と声をかけられた。後ろを振り向くとそこにいたのはサッカー部顧問の音無だった。彼女なら知っているかもしれない。
 天馬は音無に駆け寄った。

「音無先生っ!」
「君、廊下は走らないように……」
「音無先生っ……剣城、剣城は?」
「えっ、どうしたの、君?」
「あっ……あのっ、一年生に剣城って、剣城京介って生徒、いますか」

 必死な様子の天馬に、音無は待ってて、と調べに行ってくれた。廊下で待っている間も天馬はそわそわしており、落ち着きがなかった。頭の中を占めるのは剣城のことばかりだ。
 変わってしまった世界の中で、唯一変わらないでいてほしいと思った。

「ええと、松風くん、だったかしら」
「はいっ、あの、剣城は?」
「その剣城くんって子なんだけど、雷門中にはいないわ。一年生のクラス名簿を見ても載っていなかったの」
「え……」

 一瞬、心臓が止まったかと思った。音無の言っていることが信じられなかった。剣城が雷門中にいない。
 手に汗を握っていた。バクバクと鼓動が速くなっていくのがわかる。自分の心臓の鼓動だけしか、耳に届いてこなかった。
 一体、何が起こっているんだろうか。サッカー部はない。部員は皆違う部活に所属している。極めつけは剣城がいない、なんて。
 まるで別の世界に来たみたいだと天馬は思った。

「大丈夫? 顔色が悪いわ」
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました」
「松風くん……気をつけて帰るのよ」
「はい」

 ぺこりと頭を下げ、天馬はふらふらとした足取りでその場を後にした。天馬の後ろ姿を音無はジッと見つめていた。
 わあ、と部活動を行っている声がする。それをチラリと見る。いつもだったら、自分も部活をやっているところだった。
 どうなってるんだろう。トボトボと歩きながら、天馬は考える。由々しき事態が起きていることだけは、はっきりとわかった。自分だけが異質の存在になっている。解決しようにも手段など見つかるわけがなく、天馬は肩を落とした。

「……はあ」

 口からはため息しか出てこない。そんな不安な中で、ただ一つ切に願うことがあった。

「……たい」

 会いたい。いま、願うことは。

「……会いたいよ、剣城っ!」

 そのとき、ザアアと強い風が吹いた。天馬の思いを代弁するような、とても強い風だった。天馬の後ろから、彼を押すように吹き抜けていった。

「つ、るぎっ……!」

 天馬の言葉は風に溶けるように消えていった。



『半月は忘れ水に冷え』

End.
2012.06.18
タイトルお借りしました。
HENCE

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