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□甘くとろけて紡ぐ
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※京天。44話後妄想話
「剣城、こっち!」
「ああ、天馬っ!」
「っ、あっ……」
剣城が蹴ったボールは天馬の足先をかすめた。あっ、と天馬が声をあげて追いかけるが、ころころとフィールドの外へ出てしまう。
(またか……あいつ、大丈夫か)
ホーリーロード優勝後、天馬たちはいつものように部活に勤しんでいた。以前のようにとはいかないが、雷門サッカー部も活気が戻りつつあった。神童の怪我もよくなり、徐々に練習に参加できるようになっていた。
そんななか、変わったことがひとつ。
天馬は剣城と連携がとれなくなっていた。パスをまわしてはミスするばかり。いままで息がぴたりと合っていたのに、急に合わなくなった。
ごめん、と謝まり、天馬はボールを取りに行く。このやり取りを何度も繰り返していた。
そのあと、すぐに休憩になった。剣城は天馬の後を追いかける。おい、と声をかけると、天馬はびくっと肩を震わせた。
「つ、剣城……どうしたの」
「あ……いや、いまから休憩だそうだ」
「わざわざ言いに来てくれたんだ。ありがとう」
早口でそう言うと、足元にあったボールを拾いあげ、グラウンドに戻ろうとした。
脇をすり抜けて行こうとする天馬を剣城は呼び止めた。
天馬はぎくりと動きを止める。なに、と言ったものの、剣城になにを言われるかわかっているようで、びくびくしていた。ちらちらと顔色を伺いつつ、剣城の言葉を待った。
「あのな……名前くらい気にするな」
「えっ……だっだって!」
気にするなと言われても困ると天馬は眉尻を下げた。ボールを持つ手に力が入った。
「たかが名前だろ」
「たかがって……俺にとってはされど名前だよ。今まで松風だったのに……いきなり名前になったら戸惑うよ!」
たかが。
剣城の言葉に天馬はぷくっと頬を膨らませる。手に持っているボールを、剣城に投げた。
「なんで……?」
「なんで、って」
投げられたボールを受け取り、剣城は言葉を切った。じっと天馬を見つめていたが、一瞬視線をそらした。言おうか、言うまいか。そんな感じが剣城から伺えた。
「お前が俺にとって特別だからだ」
早口で言うと剣城はすぐに口を閉じた。
「……つるぎ」
「まったく……今度は気をつけろよ、天馬」
剣城が天馬に歩み寄り、ボールを渡す。ポン、と頭を撫でると口許を緩め、柔らかい表情をつくった。
天馬は口を開けたまま、剣城を見ている。その顔はほんのりと赤みを帯びていた。
なにも言わない天馬に、剣城は怪訝そうな顔をする。
「おい」
「うん、大丈夫だよ……っ……す、け」
先に行くね、と天馬は小走りでグラウンドに向かった。その顔がほんのりと赤みを帯びていたことに、剣城は気がついたようだ。ガシガシと頭をかき、ため息をひとつついた。みんなと合流した天馬に目をやる。
先ほどと変わり、にこっと笑顔で話している。剣城の隣で照れていたのが、嘘のようだった。
(……ふいうちすぎるだろ)
ぽそりと呟かれた言葉に、今度は剣城が困る番だった。
京介。
剣城のなかで天馬の言葉が何度も繰り返されているのだろう。ぽぽぽっと剣城の頬が赤く染まっていく。緩みそうになる口許を手で押さえた。
(可愛すぎるだろ……っ、くそっ)
近くにあった木に、口許にあてていた手を打ちつける。がんっと痛そうな音がしていたが、いまはその痛みすら気にならないようで。真っ赤な顔をしたまま、その場に立ちつくしていた。
剣城! と神童に注意されるまで、剣城はグラウンドの外で突っ立っていた。
『甘くとろけて紡ぐ』
それは、君の名前。
End.
2012.03.18
タイトルお借りしました。
HENCE