いろいろ

□走って駆け出して
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※大河×睦月。お互いのことが気になりつつあるふたりのお話





 大河が捕手するという約束をすっぽかした次の日、睦月は機嫌が悪かった。あまり気にしていないように見えたが、大河の顔を見るなり、ふつふつと怒りが込み上げてきたようだ。大河の話もろくに聞かず、終始つんとしてばかりだった。
 なにを言ってもぶすっとした表情で聞いているのか、いないのか、わからない。しびれを切らした大河が、睦月を引っ張って喫茶店までやって来た。大河はおごってやると言って飲み物を注文する。


 飲み物を飲んで落ち着いたのか、睦月はなんで来てくれなかったの、と大河にたずねた。
 口をへの字に曲げている睦月はさらにつづけた。


「……約束したのに」

「捕手を探してたっつってんだろ。お前のほうこそ、なに機嫌悪くしてんだよ」

「……だって嫌だったんだもん」


 ちゅー、と音をたてながら飲み物をすすっている。睦月は不機嫌そうに前にいる大河を見つめていた。


「はー……お前な。一回すっぽかしたくらい別にいーだろ」

「よくないよ」

「よくない理由がわかんねえよ」


 ぷうっと膨らむ睦月の頬に、大河はさらに怒らせてしまったと気づいたらしい。やっちまった、と顔にかいてある。額に手をあて、ちらりと睦月に視線をやった。


「ボクだってちゃんと練習したかったんだよ」


 睦月はぷるぷる震えながら大河を睨んでいる。まるで小動物が毛を逆立て威嚇しているかのようだった。
 大河は視線を泳がせ、こほんと咳ばらいをした。眉間にしわが寄りつつも、怒る気はないようだった。これ以上機嫌を悪くさせるつもりはないらしく、少し頬をひきつらせながらも笑顔をつくった。


「あー……その、悪かった」

「……つぎはすっぽかさない?」

「約束する。つぎは必ず行く」

「本当?」


 うたぐり深くなっている睦月を安心させるため、本当だと何度も繰り返す。

 必ず守る。ぜってーやぶらないから。

 大河の言葉を聞いているうちに、不機嫌だった睦月の表情が和らいだ。どうやら大河の言葉を信じたらしい。明日も練習するからね、と意気込んでいる。
 ころころと変わる表情を見、大河はため息をひとつついた。ほっと胸を撫でおろし、気がぬけたようだ。
 作り笑顔をしていた大河の表情にも安堵の色が浮かぶ。頬杖をつき、嬉しそうにしている睦月を見つめていた。
 睦月の機嫌がようやくなおり、大河も変な緊張がほぐれたから喉が渇いたようで。いままで手をつけていなかった、半分ほど氷の溶けてしまっていたジュースに手を伸ばした。


(……小動物だな。なんつーかこれはこれで)


 伸ばした手がぴたりと止まる。表情が強張り、ぴくぴくと頬がひきつっている。


(……オレはいまなにを思った? ニセモノのこと、なんて思った?)


「大河くん?」

「うわあああっなに考えてんだオレは!」


 なにが、と睦月がきく前に大河は伝票を持って行ってしまった。つりはいらないとお金だけ置いて喫茶店を後にする。
 その後を待ってよと言いながら追いかける睦月。



(ニセモノに可愛いってどういう神経してんだオレは!)


 違う思ってねえ、とひたすら自分に言い聞かせるようにつぶやく。


「大河くん! 約束忘れないでね!」


 と、遠ざかる大河の背に向かって叫んではみたものの。果たして大河に聞こえていただろうか。





 この気持ちがなんなのか、彼らはまだ気がつかない。
End.
2012.03.08
タイトルお借りしました。
HENCE

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