雑食

□シャーロック1
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序、出会い




初めてあの子を見たときのことを私は今でも鮮明に覚えている。
刺激的、面白い、楽しい、そんな感情だった。
あえて言うならば新しいおもちゃを見つけた子供のような心境だった。




1989年、彼女はある噂を聞いてロンドン近郊のスクールににきていた。
この建物は古いがこの国の歴史を思わせる威厳のようなものがあった。
四階建ての三つの校舎。校舎はすべて渡り廊下でつながっていて中にはグランド、室内プール、広い中庭があり、生徒たちが溢れている。
そんな中を少年とも少女ともいえる人物がブーツをカツカツと言わせながら歩くいていた。
その後ろには黒服の男性が一人。一定の間隔をあけて付き従っている。
その様子からその人物が身分の高いものだということはすぐに周知の事実となった。


「君のせいで僕の身分があるている程度特定されてしまう。」
「申し訳ありません。これが仕事ですので」


男性は淡々と答えた。しかし微笑がうかがえることからおそらくこのやりとりも始めてではないのだろう。
しっかりと着込んだ高級感のある黒のスーツと白い手袋、190pほどの身長はいかにもボディガードと言うような雰囲気を醸し出している。体はよく鍛えられていて服の上からでも引き締まっていてることがうかがえる。肌は白くおそらく日に当たると赤くなって日焼けしないタイプだろう。色素の薄いプラチブロンドの短髪、目は残念なことに黒のサングラスに隠されているが骨格からして整っていることがうかがえる。髭はきれいに剃られていて若々しく見える。しかし、その肌に刻まれた皴から30代前半と言う感じだ。


「わかっている、今回だって僕の都合に無理やり君を連れ出した」
「これが仕事とですので」
「・・・はぁ、君は少々お堅いなぁ。」
「仕事柄です」


その人物は苦笑しながら廊下を進む。
髪はきれいに一つにまとめられ、すっぽりと茶色にチェックのベレー帽をかぶっていで隠れていてほとんど見えない。
顔立ちはすっと鼻筋が通り、雪のように白い肌。目はダークブールで光の加減によってはさらに明るく見える。
体の線は細く、身長は150p前後、十代前半であることが見て取れる。素肌をさらさないようにしているのか帽子と同じく茶系のキャラメル色の服を着ている。服はウール製の上下セット長袖長ズボンで雰囲気からしても高級感が漂ってくる。


なぜ二人がここにいるのかというと目的はある人物に接触すること、会うことである。
数か月前、地方のあるスクールで学生水泳大会が行われ、カール・パワーズという水泳選手がプールで溺れて死んだ。
そこまでは何ら変わり映えのないものだ、ただの事故それで済ませられるものだった。
しかしある少年が「彼が何かの発作を起こして亡くなった。彼のシューズだけが消えている」と警察に訴えてきたというのだ。警察にはもちろん相手にはしてもらえなかったそうだが。
しかし、それに気づいた者は彼だけではなかった。ここにいる人物も気づいていた。
しかし、それを誰かに言うつもりもなかった、そこまで正義感に強いわけでも使命感が強いわけでもなかったからだ。
こういうことは日常的に起こりほとんどの大人たちは気づかずに見逃されている。
しかしそれに少年が気づいた。大人でも見逃してしまうことに子供の少年が。
一気に夢からさめたような刺激が走った、彼に会いたいという強い衝動に駆られた。
そして今に至るのだ。


今から彼に会えるのだと思うと思わず口元に笑みが浮かぶ。
その表情はどこまでも楽しそうでどこか艶めいて見えた。
一階の中庭にも通じている渡り廊下を渡り、一番端に設けられた大きなの扉の前までやってくると二人はそのまま静かにその扉に手をかける。


「ああ、楽しみだ」


そんなつぶやきとともにギィという音をたてて扉があく。
そこは大きな図書室だった。図書館は二階の天井まで吹き抜けになっている。
膨大な量の書物が一階と二階に分けられて保管され大小様々な本棚が存在している。
入って右手にカウンター、中央は机と椅子があり勉強スペースになっているようだ。
光を取り入れる窓は等間隔で設けられていて下部が長方形、上部が半円を描いている。
そして本を取り出すための梯子が無数かかっていた。
その部屋の一番左の隅に存在するスペース。分類は植物学。
そこに一人で分厚い本を読んでいる少年を見つけた。
白い肌、黒髪の巻き毛、自分と同じダークブルーの瞳。
その瞳はじっと本を見つめているため睫毛が伏せられ、神秘的なそれでいて繊細な雰囲気を醸し出している。


「植物学詳しいの?」
「・・・」


彼の瞳がちらっとこちらを見る。しかしそのまま本に視線を戻して数秒、間を開けて一言誰?と呟いた。


「僕はジョン。こちらは僕の付き人のライル」


彼の瞳は興味無さげに本に注がれたままだ。


「君に会いに来たんだ。シャーロック・ホームズ?」


ぴくっと彼の本ほ持つ手が反応する。
そしてため息をつくと本をぱたりと閉じてこちらを向き直った。


「・・・僕は回りくどいことが嫌いだ。わざわざこの学校の嫌われ者である僕にご丁寧にボディガードまでつけて、しかも君は見たところとても裕福だな、服の素材や格好、立ち振る舞いからしてに僕の家の財産目的ではないことは分かる。家とのパイプ役ならば僕ではなくマイクロフトのところに行くはずだ。見たところ此処の生徒ではないようだ、しかも君は個人的な事情から素性を隠さなければならない。おそらく君が今名乗ったのは偽名だろう。骨格からして君は女だ、女性なのに男装している、単に男物が好きなのか、しかし言葉遣いまで変え、服も体のラインを隠し、徹底していることから素性がばれては命を狙われる可能性がある。それほどの立場にいながら権力を使わず、わざわざここまで足を運んだのは僕に個人的な要件があり内容は内密にしておきたかったから。で、僕に何の用だ?」


シャーロックはジョンとライルを見つめたまま動かなかった。
普通の人間ならばここでまずは彼に嫌悪感を抱き奇異の目で彼を向ける。
しかしジョンは違った。


「・・・素晴らしい!見事な推理だ」


シャーロックがじっとジョンを見て呟く。

「・・・ホントか?」


興味無さげなシャーロックの表情がほんの少し動いた。
ジョンは柔らかい笑みを浮かべて再度楽しそうにささやいた。


「もちろんホントさ。」
「・・・稀な意見だ」


ジョンのダークブルーの瞳がきょとんとシャーロックを見つめる。
何か彼女の琴線に触れるものがあったらしい。


「他の人はなんて?」
「『うるせぇ』って」


シャーロックのぶっきらぼうな言い方と言葉にジョンは心底に可笑しそうに笑った。高めのソプラノが図書室に響く。
シャーロックは苦笑を浮かべながらジョンを見る。ライルは目はサングラスで見えないが口元と雰囲気からしてどうやらこういうことには慣れているようだ。
どうやら彼女は変わっているようだ。
ジョンのくすくすと笑う姿は少女そのもの。これで男だといっても誰も信じないだろう。


「私のことはぜひとも愛称のジョンと呼んでくれ。」
「・・・で要件は何だ?」


愛称で呼べということはこれから長期的に付き合うつもりらしい。しかし事情から本名は教えられない。しかし、愛称がジョンということは偽名と本名は同じ頭文字から始まる名前だということがわかる。ほんの少しの間だった。しかし確実にシャーロックは彼女へ興味を示していた。シャーロックは話しながらジョンを観察する。どうやら言葉遣いはもとからのようだ。
そんなシャーロックをよそにジョンは人差し指をピンとたてていたずらっ子のように笑った。


「純粋に君と言う個体に興味がある。きっかけはカール・パワーズだよ」
「!!」
「君を知り、君に興味を持った。そのずば抜けた頭脳、推理力そしてそれを補う知識。ぜひとも君とラインをつなぎたいMr.ホームズ?」


ジョンは手袋をはずしてシャーロックに右手を差し出した。現れた指はすらりと長い、しかし独特の手の形からみておそらくピアノを嗜むだろう。肌は白く、爪はきれいに手入れされていて健康的なピンク色をしている。
シャーロックはその手に自分の手を重ねた。ジョンの手はシャーロックの手の中にすっぽりと納まり思っていたより小さかった手に少し驚いた。


「・・・シャーロックでいい、ジョン」
「ああ、よろしくシャーロック!」


うれしそうなジョンのソプラノ声。シャーロックは声が大きいと不満に思いつつも不思議とそれを言う気にはなれなかった。なんだか長い付き合いになりそうなそんな予感が漠然としていた。


これがジョンとシャーロックの出会い。
こうして二人の物語は始まった。

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