ショートショート

□ワルツ
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時間の経過は確実に一定であるということ。これは疑う余地もない事実で、こんなことを考えている今でさえ、刻一刻と時は一定のリズムで流れ去ってゆく。

だけど例えば、触れるだけで壊れてしまいそうな彼女の細い肩を抱く時であるとか。まるで時が止まってしまったかのように息が苦しくなる。
幸せな時間だけでなく、彼女の手が離れてしまった最後の瞬間であるとか無残な別れの記憶でさえ、映画のスローモーションのように何度となく頭の中で再生される。

思い出される彼女の笑顔でさえ、今は苦しいというのに。脳裏に焼き付けられた無音のスローモーション映画は美しくも儚く、拒もうとも何度となく再生され続けるのだろう。



ワルツ   




今まで聞いたこともないような鈍く重い音と共に、彼女の体が軋んだ。彼女の骨を砕いた車は、雪や彼女の肌と同じような白だった。見たことはないが、きっと彼女の骨も同じように白いのだろう。ボンネットで弾んだ彼女の体は、くすんだ灰色のコンクリートへ落ちた。広がる赤黒い血の上にに横たわる彼女の目は薄く開き、腕がいつもと違う方向に曲がっていた。

病院で綺麗に身を整えられた彼女は眠っているだけのようだった。しかし愛くるしくて彼女の大好きだった所の1つである赤い唇は青白く、無言でもう彼女が目覚めないことを告げていた。

冷たい手を握り締めながら、やはり彼女は脆くて壊れやすいから自分が守らなければならなかったのだ、そう思った。


もう何度目かわからない記憶に涙が流れた。死んでしまえばこの永遠に続くであろうスローモーションの映画から解放されるというのに、彼女を思うと自分の命さえ投げ出せない。

自分が死んで、自分のことを覚えていてくれる人も死んじゃったらどうなるんだろうね。

無音映画の、唯一の言葉が頭痛と共に頭に響いた。

彼女を失ってからの時はスローモーションのように遅く、自分の人生が終わるまでまるで悠久のように感じる。
俺は死ぬまでにあと何度、この残酷な映画に涙を流すのだろう。

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