青空文庫

□はじまる、セカイ・3
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「挨拶…みたいなモノだ」


永い沈黙の末に口から出たのは、我ながら苦しい言い訳だった。

寝ている相手に挨拶も何もないだろう。
だが、俺の言葉を瞬は何の疑いもなく信じた。
全身から汗が噴き出す嫌な感覚。
顔は燃えるように熱い。

「シベリアには、そんな習慣があるの?」
俺の焦りに気付いているのか、いないのか。
軽蔑や非難の気配はない。「あ、あぁ」
僅かな罪悪感。
気まずくて、まともに瞬の顔が見れない。
「変わった習慣だね」
疑う事もなく笑顔を見せる瞬。
「すまなかった」
色んな意味で謝りたくなった。
「大丈夫。ただ驚いただけ…。僕、その…初めてだったから」
『初めて』、と言う言葉に何故かドキリとしてしまう。

俺だって、『初めて』だ。
などと考えながら瞬を見れば、視線はふっくらとした桃色の唇に釘付け。
先程の柔らかな感触を思いだしてしまう。



再び『挨拶』をしてしまいそうな自分を、抑えきる自信はなかった。




end

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