story

□この傘をたためば
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7月も終わりだというのに、まだ梅雨が明けない。

「お疲れ様でした―。あ、このゴミ出しときますね」

バイトを終え、カウンターを抜けるときに事務所に声をかける。

「あー悪いね。お願いするよ。次は・・・明後日だな。お疲れ」

店長が奥から出てきてカウンター越しに声をかける。
私は軽く会釈をしてから自動ドアをすり抜け、店の裏側へと回る。

午後2時のコンビニ。
お昼の忙しい時間帯を過ぎ、学生が下校し始める夕方までの時間はポカンと暇になる。
いつもこの時間が大体私の仕事終わりだ。
このあと数時間は店長かマネージャーでまわして、夕方からは大学生のアルバイトが
シフトに入ることが多い。

今日は誰が入るんだっけな。

そんなことを考えながら、店の裏手にある物置にゴミ袋を押しこんだ。
さて、と傘を持ち直して振り向けば店の壁――ちょうどレジの裏あたりの壁にもたれて
煙草を吸っている男性が目に入った。
店の屋根から突き出しているわずかな庇の下で雨をよけて、空を見上げながら煙を
吐きだしている。

男性・・・というよりは男の子だな。

通りすがりにチラリと顔をのぞくと、まだまだ学生のようなあどけない表情が見えた。

・・・というより制服着てる?
まだ学生のような、じゃなくて学生じゃない?!

そのまま通り過ぎようとしたけれど、学生となれば話は別、彼の前に足を止めた。

「ねえ。君、学生だよね?タバコ、やめなよ」

いきなり声をかけられて驚きはしたのだろうけれど、特に動揺する様子もなく、彼は私にゆっくり視線を向けた。
こちらを見ただけで、声を発することはない。煙草を消す気配もない。

「聞こえてるよね?未成年が煙草を吸ってるのを見逃すわけにはいかないんだよね。
あ、私、ここの店員なんだけど」

わざとゆっくり言ってみる。
なめられちゃいけない。年上らしく余裕のある態度で、といつもより大人ぶった口調で
話しかけてみる。
それでも彼は何事もなかったように…私の姿など見えていないかのように煙草を吸い続けている。

「その制服どこの?この辺じゃ見かけないよね。学生証見せてくれる?」

学校に知られるとなると、さすがにまずいだろう。
これで観念すれば、とりあえずこのことは私の胸の内にしまっておいてあげよう。

ちょっと勝ち誇った気分にさえなっていた私を見て、彼は唇の端だけをあげてフッと笑った。

「学生証?そんなものないよ」

そういっておもしろそうに下を向いてクククッと笑う。
その拍子にやわらかそうな前髪が、眉にかかって影を落とす。

コイツ、全く怯んでない。しらばっくれる気か・・・・

次になんて言ったらコイツに「ごめんなさい」と言わせてやれるだろうか。
フル回転で考えていると、駐車場のあたりからバシャバシャと水たまりを蹴って、こちらに近づいてくる足音が聞こえた。

「佐伯さん、すみません!そろそろ時間なんでおねがいします!」
「はいはい」
近づいてきたのは20代の半ばくらいと思われる男性。Tシャツとジーンズというラフな格好をしている。
後から来た彼の方が随分年上だろうに、この生意気そうな学生に敬語でしゃべっている。
私がいくら言っても消そうとしなかった煙草を店先にある灰皿に捨て、そのまま立ち去ろうとした。

「ちょっと!」

イライラが治まらない私はそういって呼び止めると、彼は振り返った。

「学生証ね。今度持ってくるわ」

と皮肉っぽい笑顔で言ってから、呼びに来た男性と並んで住宅街の方へ歩いていく。
傘をさしてもらって、学生鞄を受け取っている。

自分より年上の男に傘を差してもらって、鞄まで持たせて、一体何様?
見たことのない制服・・・もしかしてどこかの御曹司なのか?
大体、学生服で煙草を吸っているところを注意されて、後から学生証なんて持ってくるわけがない!

2人でなにやら顔を寄せて真剣な表情で話している。あとから来た年上男性の言葉に
うん、うん、と頷いて、最後にフッと笑った顔があまりにもきれいで儚げで。
それまでの怒りがすうっと冷めてしまうようだった。

・・・・ちょっと綺麗な顔してるからってだまされちゃダメ。
ダメなもんはダメなんだから。
突然温度が下がってしまった頭をブンブンと降って、私は傘を持ち直した。

注意するだけはしたのだから、あとは本人次第だ。私が怒ったり嘆いたりする必要はない。
気がつけば雨脚はさっきより強くなっている。
私はなるべくさっきのことは考えないようにして、自分の家へと足を速めた。
 

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