スカイラフター
□第5話
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朝日が窓から差し込み、その眩しさにケイトは身じろぎをした。一度強く眉をひそめた後、その黒い両の瞳が顔を覗かせた。
光が差し込んでいるといっても、まだ客室の中は薄暗い。光もどこか弱く、まだ夜が明けてから時間があまり経っていないだろうと判断する。この見なれない天井と澄んだ空気が、ケイトのぼやけた頭を覚醒へと導いていった。ケイトは昨日の疲労に軋む体をゆっくりと起こした。
軽い身支度を整え、極力音をたてずに客室の戸をあける。ゴードン達の生活スペースには誰もいなく、鳥のさえずりと風に揺れる木々の音しか聞こえない静かな空間だった。
マーサとの約束は昼だ。それまでにかなり時間が空いている。どう時間をつぶそうかと思案していると、コツコツと軽い音が聞こえた。目を向けると、一羽の鳥がガラス戸をつついていた。
愛らしい小鳥の姿と外の美しい緑に、ふとケイトはあの美しい湖を思い出した。まるであそこだけ切り取られた世界のように、美しく存在する湖は本当に目を奪われた。一度思い出すと、どうにも頭から離れない。ケイトの足は自然と裏口に向かっていた。
キックリと歩いた道を思い出しながらケイトは森を歩く。朝露に濡れた草を踏みしめ、鮮やかな緑の道をケイトは進んでいく。少し不安だったが、どうやらケイトの記憶は正確だったらしく、一段と明るい空間を目に止めて安心する。
切り開かれた森の一画へと足を踏み入れ、目の前に広がる昨日と変わらない美しさに思わず嘆息した。水面に映る青い空も、名もわからない白い花のどれもが見惚れるものだ。ケイトは特に花や自然にそれほど関心はない。だが、それでもこの美しさは何か惹きつけるものがあった。それを、ケイトは理屈ではなく心で感じた。
そこで、湖しか見ていなかったケイトがようやく視界の端にいた人物に気付いた。白い清楚な服を身にまとった、ゴードンだ。
ゴードンは一つだけこの湖には異質に思える、あの人形の傍に腰掛けていた。湿った土を気にすることなく深く座り、人形を見つめ続けるゴードンはどうやらケイトの存在に気付いていないらしい。
なんとなく、彼と人形の空間に声をかけられずにいると、草を踏みしめた音にゴードンが振り向く。
「おや、ケイト君。昨夜はよく眠れましたか?」
にこりと目元に笑い皺を作り、ゴードンはケイトに尋ねる。
「おかげ様で」
「その言葉の割には、随分と早起きですね」
くすくすと穏やかに笑うゴードンは、ケイトが実際快眠できなかったことをわかっているのだろう。
ゴードンは表情のないケイトから目線を外し、もう一度人形を見上げた。岩に腰掛ける人形は、昨日と同じく生気のない顔で虚空を見つめている。
「ケイト君も、この湖に心を奪われましたか」
「……“も”、ってことはゴードンさんも?」
否定はせずに訊き返せば、ゴードンは頷いた。
「えぇ、私も若いころこの湖に魅せられましてね、この森のはずれに教会を建てたのですよ」
ケイトは意外そうに目を丸くした。マーサの言っていた、突然この町へ来た、という理由にまさかこの湖が関与されているとは誰も思わないだろう。
「まだ教会に勤め始めて間もないころ、この町を訪れましてね。薬草を摘んでいる時、たまたまこの場所を見つけたんです」
日が落ちるまで、その場を動かずにこの湖を見続けたと言う。昼の太陽が水面に浮かぶその姿は涼やかで、心が晴れる。夕焼けに染まった橙色の木々と湖の色調はまさに神秘的だと。
「中でも満月の夜、この湖は最も美しくなります。時期で言うなら冬がいいですね。張りつめた澄んだ空気と、水面に揺らめく満月。そして、淡い光に当てられたリリスの花が、瞼を閉じるだけで鮮明によみがえってきます」
どうやら、湖に浮かぶあの白い花は、リリスという名らしい。そう言えば、昨夜に聞いた“リリス同盟”は、この花の事を意味しているのだろうか。
ケイトは一度瞼を閉じ、ゴードンのいうその情景を思い浮かべてみた。見たことも無いはずなのに、何故だか安易に頭の中に思い浮かべることができて、その美しさに胸を打たれた。