スカイラフター

□第4話
1ページ/20ページ

 固い木材でできた馬車は、慣らされていない地面の凹凸に時折激しく揺れた。お世辞にも居心地の良いものとはいえない馬車内で、男たちは金が入るという目先の欲望に談笑し、腕を縛られる男たちの“商品”は、ただ虚空を絶望に沈む瞳で見つめていた。
 しかし、その中で他の者とは異なった表情を浮かべた2人がいた。シズルは目の前にいるアシンメトリーの年端もいかない子供を怪しげに見やり、子供はただ暗がりのなか大きな瞳をシズルに向けているだけだった。いや、それにはわずかな語弊があるのかもしれない。子供はシズルではなく、彼女の中にいる“ゼノ”を、見つめていた。
 “アン”と名乗った子供は、名前からして少女のような印象を受けたが、やはり暗闇の中でこの幼い子供の性別を見分けることはできなかった。
 ゼノの存在をアンが見抜いてから暫く立つが、アンの言う“1時間後の村”についていないあたり、まだそこまで時間は経っていないということだろう。目の前の少女の言うことが真実ならばの話だが。
 アンはあれ以降、シズルを時折見つめてはにこやかに笑いかけるだけで、言葉は何も言わなかった。それが、逆にシズルとゼノにこの子供に対しての不信感を、さらに膨れ上がらせた。
 ゼノに体を任せてから表に出ていないシズルは、ゼノに話しかける。
 『ねぇ、この子もしかしたら、昔のゼノの事知ってるんじゃないの?』
 (この小せぇガキがか? 馬鹿なこと言うんじゃねぇ。確かにどれぐらいの時間あそこにいたかは分からねぇが、少なくとも2、3年とかいうレベルの長さじゃなかったはずだ。このガキは見たところ、まだ7歳か8歳ぐらいだろ。俺のことを知ってる可能性は低い)
 『でも、私を見てすぐにゼノのことわかるなんておかしいわよ』
 (さっきの“黒”のことも気になる。しかも、お前を訪ねて来るなんておかしい。この世界でお前の知り合いはいねぇんだよな?)
 『いないわよ。だって、すぐにこっちに来て、あんたと出会ったんだもん。知ってるにしても、あの気味の悪い白い子しかいないわ』
 白い少女。ゼノはまだ話にしか聞いたことはないが、その“白”とアンの言う“黒”は、恐らく違うものだろう。信憑性の欠片も無いアンの言うことだが、この子の安心しきった表情を見ていると、どうもそれが本当のことなのではないかと思えてくる。
 (ねぇ、あれこれ考える前に、もうこのアンって子に直接聞いたらどう?)
 シズルの意見はもっともだ。しかし、正体がわからない子供に、むやみやたら聞くのも気が引ける。それに、何故ゼノの事が分かったと聞いて、逆に何故シズルの体の中にいると聞かれたら、それは当然答えるわけにはいかない。
 むやみに自身の情報を教え、いらぬ疑いをかけられては困る。ましてや、畏怖のまなざしで見られゼノの目的が阻まれるような、動きにくい状況には絶対になりたくない。
 『そんな警戒しなくてもいいわよ。めんどくさいわね。あんた、少し慎重すぎない?』
 (るせぇ、黙ってろ)
 再度思案にふけるゼノに、シズルはため息をこぼした。
 すると、突然ゼノのシズルを動かしていた感覚が急速に薄れて行く。慌てて声を出したころには、もうすでに体の主導権はシズルへと変わっていた。
 『この馬鹿、シズルッ!』
 「ねぇねぇ、アンちゃん」
 ゼノの制止の言葉を無視し、シズルは隣にいるアンの耳に身を屈めて囁く。すると、大きな瞳がこちらへ向けられ、シズルと同じように小さな声で答えた。
 「なぁに? お姉ちゃん」
 「どうして、ゼノがいるってわかったの?」
 『馬鹿野郎! 勝手に名前だすんじゃねぇ』
 (うるさいわね。いいじゃない、即席でつけた名前なんだから)
 記憶が無くなり、新しくつけた名前なのだから、ここで名乗ったところで知っている者など存在しないだろうに。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ