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「シャイニング事務所のマスターコース寮は、こちらで間違いないでしょうか。」


一十木音也の次に寮を訪れたのは、礼儀正しく、綺麗な青年だった。
丁寧な言葉使いに、彼の性格がにじみ出ている。
そっか。彼が畳の主か…。


「聖川真斗といいます。貴女は…」

「初めまして。私はこの寮の管理を任されている霞紫苑といいます。よろしくお願いします。」


最大限の営業スマイルを女性使用で彼に向ける。
僕の役者魂もだてじゃない。
完璧に女性だ!…いや、本当の女の子なんだけどね。


「管理人の方でしたか。これからお世話になります。よろしくお願いします。」


僕の素性がわかると、聖川くんは改めて深々と頭を下げた。
本当に礼儀の正しい子だ。
あの聖川財閥の御曹司だというのだから、きっと厳しく育てられたんだと思う。


「あの…初対面で不躾だと思うのですが、一つ質問をさせて頂いてもよろしいでしょうか。」

「あ、はい。なんでしょう?」

「先ほど、霞紫苑さんと仰られていましたが…貴女があの有名な…。」


うん。そうだよね。その質問になるよね。
仮にも売れっ子アイドルなわけだし。


「いいえ。彼は私の兄です。彼の名は私の名からとっているんですよ。」

「そうでしたか。そうですよね、彼は男性ですし…。それにしても、兄妹、仲がよろしいのですね。妹さんの名前を使うなんて…。素敵なお兄様なのでしょうね。」

「えぇ。とても。」


嘘だけど。僕そのものだけど。


「俺にも妹がいるので、妹が可愛い気持ちはよくわかります。俺も、彼を見習って妹の名を借りるべきでしょうか…。」

「へ?」


おっと…。話が変な方向に…?
まぁ、それは個人の自由ではあるけど…。


「あの…ちなみに妹さんのお名前は…?」

「真衣と言います。」


いや…その外見で芸名が“真衣”は良くないんじゃ…。
っていうか、妹さんも喜ばないんじゃ…?


「あ、あの…無理に改名される必要はないのでは…?」

「いえ…月宮先生や日向先生と同じく早乙女学園第一期生である、大先輩の霞さんの素晴らしい家族愛をぜひ俺も見習わせて頂きたい!!」


うわぁ…超がつくほどの生真面目。
ヤバい…このままじゃ僕のせいで彼が明日から“聖川真斗”改め“聖川真衣”に改名するかもしれない。
いや、僕が止めないと確実にする!!


「あ、ああああの!!」

「…何か?」

「その…お気持ちだけで妹さんは十分だと思いますよ。ほら!同じ名前にすると、私と兄のように紛らわしくもなりますし!!」

「大丈夫です。俺と妹は年が離れているので間違われることはないでしょう。」

「あ、そうなんですか。それなら安心…ではなく!!」

「では、早速手続きを…。」


聖川くんは僕の声を聞く耳を全く持たず、携帯を取り出しどこかに連絡をし始めようとしている。
こうなれば、彼の弱点をつくしか!!


「あの、聖川さん!」

「何でしょうか。」

「あの…その…今のままのお名前が、私はよろしいと思います!!」


力いっぱい彼を止めたい一心で叫ぶように言った。
初日にこんなラブコメ展開なんて予想してないよ、僕。
今の僕は、差し詰め恋人の誤った考えを必死に改めさせようとするかよわい女性といったところか…。
役者魂って怖いな…。


「ですから…そのままで…ね?」

「っ…!」


固まる彼の側により、上目づかいで悟るように言った。
聖川くんは口元に手を当て、頬や耳を真っ赤にしている。
データ通り、女の子に免疫がまるでないようだ。
よし!もうひと押し!!


「聖川さん…?」

「あ!いえ…問題ありません…!そ、そうですね…俺の考えが浅はかでした…。申し訳ありません…。では、俺はこれで…失礼します。」


そう言って軽く会釈をし、聖川くんは逃げるように寮内へと入って行った。


「はぁ〜…。良かった…。」


危なかった…。
マスターコース開始前に、一人、アイドルの卵を潰すところだった…。
何とか改名は免れたから一安心だけど、あの子は思考に柔軟性が必要のようだ。


「まぁ…後輩の弱点や改善点を見つけてあげるのも先輩としての役目か…。」


また一つため息をつくと、持ったままだった箒を物置に戻し、僕も寮内に戻った。


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