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突然の大波乱の初日は荷物が届いただけで、入所は翌日以降になった。
そのおかげで、藍にバレたという事実も受け入れる時間が出来、平常心で翌日を迎えることが出来た。
迎え入れる準備は完璧。
手が空いた僕は、気休めに竹ぼうきで玄関前の掃除をしていた。


『いい?今日は龍也も私も行けないから、気をつけるのよ?』


と、年上の威厳と言わんばかりに林檎が忠告していたことを思い出す。
確かに林檎の方が年上だけど、芸歴は同じだ。
僕だって売れっ子アイドルというやつだから、役者業もこなしているし、バレないように演技する自信はある。


「僕は女性…僕は女の子…私は女の子…。」


胸に手を当て、目を閉じて精神統一をする。
役に入りきる時と同じように、頭の中でイメージをする。

女の子。
そんなものアイドルになった頃にほぼ捨てた。
別に男の子になりたいわけじゃない。
でも、女であることにメリットは感じられなくて、社長にスカウトされた時に持ちかけられた男装アイドルの話はすんなりと受け入れた。
だけど、バレてはいけないという誓約があるから、オフの日もバレないようにと以前よりも女性としての見た目には気を使うようになった。
ただ、上京をして一人暮らしをしている僕は、職場以外に話す人や会う人もいなく、話し方だけはどうも女性の感覚が戻らない。
そういう時は、林檎をイメージする。
林檎はちょっと行きすぎだけど、基本は同じはず。


「うん、大丈夫…。」


精神統一を完了させて、瞼を開ける。


「何が、大丈夫なんですか?」

「うわぁっ!!」


誰もいなかったはずなのに、目の前に赤い髪の男の子がいて、大きな瞳をパチパチとさせて僕を覗きこんでいた。
独り言、聞かれてた…恥ずかしい…。
しかも、今のところは“きゃあ!”だ。


「あはっ。びっくりさせちゃった。大丈夫ですか?」

「あ、はい…。」

「お姉さんも事務所の人ですよね?じゃあ、マスターコースの寮はここで間違いないんだ!」


嬉しそうにそう言った赤髪の男の子は人懐こい笑みを浮かべて、驚いて尻もちをついた僕に手を差し伸べた。
その手を握り返し、その顔を見上げる。
彼は…一十木音也だ。
ある程度のデータは社長からもらっている。写真と同じ顔。間違いない。


「一十木音也くんですね。」

「あ、はい!今日からお世話になります!」


彼は元気よく頭を下げ、満面の笑みで挨拶をする。
なるほど…好感度はあっという間に稼げそうな子だ。


「私は霞紫苑。御察しの通り、この寮の責任者です。よろしくお願いします。」


女性らしく微笑み挨拶をした。
うん、完璧だ。


「霞、紫苑?え!?あの売れっ子アイドルの!?あれ?でも、確か男のはずじゃあ…。」


一十木くんの頭上に無数の“?”が浮かんでいるのが容易に想像できる。
その考え込む姿が微笑ましい。


「えぇ、彼は私の兄で、私の名前を芸名として使用していますから。」

「そうなんだ!兄妹揃って事務所に所属してるなんてすごいなぁ…。」


疑うことを知らないようなキラキラとした瞳で僕を見る彼にちょっとした罪悪感。
こんなピュアな子が今どきいるのか…。
もちろん、兄がいるなんて大嘘。
これは龍也からのアドバイス。
万が一、男で寮に出入りすることがある時の言い訳になるからだ。
社長も了承済みだ。


「えへへ。こんな綺麗で優しいお姉さんが管理人さんだなんてラッキー!…あ!変な意味とかじゃないよ!?そんなんじゃなくて…!あー!何言ってるんだ、俺〜!!」


顔を真っ赤にして言い訳を必死に探す一十木くん。
恐ろしいほど素直で純粋。
それはメリットにもデメリットにもなる。
この業界を生き抜く上で、彼のこの純粋さも失われていくのだろうか。
そう考えると、少し勿体無いと思う自分がいた。

未だ言い訳を探している彼を落ち着かせようと頭をぽんぽんっと撫でてやる。
すると、途端に大人しくなり、恐る恐る僕を見上げた。
…子犬か。


「大丈夫。ここは恋愛禁止のシャイニング事務所の寮です。変な意味なんて御法度ですから。」


そもそも、この業界で男として生きている僕は、男の人に対して恋愛感情なんていちいち抱いていられない。
彼のことも子犬のようで可愛いとは思うが、そういう気持ちには全くならない。


「そ、そうだよね。ほんと、何焦ってるんだろ俺…。えっと…気を取り直して、これからよろしくお願いします!紫苑さん!」

「こちらこそ。」


一十木くんは改めて元気に挨拶をすると、手荷物を持って寮の中に入って行った。


「まずは一人。うん、この調子で行けば大丈夫だね。」


うん。ちゃんと女の子でいられる。
みんながみんな彼のように素直な子ではないと思うけど、なんとかなる、そんな気がした。


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