サクラソウ
□六郎と姫
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初めて貴女と出会った時。
まだ幼かった貴女は、若と信幸様と引き離されてしまうのではないかと、私と七隈を強い瞳で見つめていた。
次に貴女を見つけた時、
貴女は私を幸村様だと思い、胸に飛び込んできた。
その時の嬉しそうな満面の笑み。
すぐに表情は悲しそうに崩れてしまったけれど、その泣き顔でさえも私の心は動かされた。
ころころと表情を変え、どんな時も自分の気持ちを偽らない。
そんな貴女を、
「お前の眼にかなったのか?」
私は…
「一応は!」
好きだと思った。
若に茶を淹れようと茶葉の筒を見れば、残りわずかとなっていた。
新しいものを取りに行こうと廊下を歩いていると、庭から楽しそうな笑い声が聞えた。
「この声は…。」
聞き間違えるはずもない。
この愛しい声は…
「あははっ!くすぐったいです、雨春!」
「ククッ!」
声に誘われるように庭へと歩みを進めると、思った通り、庭には真田の末子である姫君双葉様が佐助の鼬と戯れていた。
「雨春、双葉様のこと、好き。」
「本当!?嬉しいです、雨春っv」
「ククーッ!」
佐助と雨春と呼ばれる白い鼬と双葉様。
思わず笑みがこぼれてしまうような、なんとも微笑ましい光景だ。
「我、そろそろ任務の時間。」
「あ、そうなんですね。ごめんなさい。折角の休憩時間だったのに。」
「無問題。雨春と姫様嬉しいと、我も嬉しい。」
滅多に笑顔を見せない佐助がとても優しい笑みを双葉様に向ける。
すると、双葉様も佐助に優しく微笑みかけた。
何故だか胸がざわつき、何とも言えない気分になる。
「じゃあね、雨春。」
「ククッ!」
「では。」
「あ、佐助!」
「私は、雨春も大好きですけど、優しい佐助も大好きです!」
「なっ!!」
突然の双葉様の言葉に真っ赤になる佐助。
女性に免疫の無い彼らしく、飛び乗った屋根の上であたふたとしている。
「また、遊んで下さいね!」
「も、勿体無きお言葉…!では!」
笑顔で佐助を見送る双葉様。
彼女の“大好き”は、彼女を取り巻く全ての人間へ向ける言葉。
そうとはわかっていても、彼女の華のような笑顔は男を勘違いさせてしまうほどの威力。
佐助はそうだとわかっていても、一々反応してしまうようだ。
「あれ、六郎?」
佐助を見送り、城内へ戻ろうとした双葉様は、私に気付き首を傾げてこちらを見ている。
そういう仕草が男の心を揺さぶるのに十分だと言うことを、彼女はわかっていないだろう。
だからこそ、危うい。
「佐助と遊んでいたのですか?」
「はいっ。雨春はふかふかで可愛くて大好きっv」
先ほどの雨春の感触を思い出し、嬉しそうに話す彼女。
思わず抱きしめてしまいたくなるほどに愛らしい。
「六郎は、どこかに行くの?」
「いえ…茶葉が切れそうなので新しいものをとりに。」
「そうですか…。私も一緒に行ってもいい…?」
私が仕事中なのをわかっているからか、私を窺うように下から覗きこむ。
まったく…この方は無意識だから手に負えない。
「ええ。もちろん。若の部屋でよろしければ、お茶もお淹れ致しますよ。」
「本当!?六郎の淹れるお茶は美味しいから大好き!」
「ありがとうございます。」
「じゃあ、早く行きましょうv」
楽しそうに私の先を歩き出す双葉様。いつも敬語が癖になっている双葉様が、私には時々敬語ではなくなるのを知っているのは私だけ。
彼女も気づいてはいないのだろう。
たったそれだけのことなのに、私だけが特別だと思われているようで嬉しく思う。
幼い頃からずっと貴女だけを見つめてきた。
若だけではなく、貴女も守ろうと誓ったあの日から、私の気持ちは変わることなく現在に至る。
「私も、大好きですよ…。」
今はまだ告げられない想いを、小さく言葉にして貴女の心に届けと願う。
「え?何か言いましたか?」
「いえ…可愛らしいなと思っただけです。」
そう言って微笑み掛ければ、少しだけ照れて頬を赤く染める。
「と、突然、何ですか…。おだてても何も出ませんからね!」
「はい。お世辞ではありませんから、けっこうですよ。」
「〜〜〜〜〜っ!!そういこと、さらっと言わないで!」
少し怒ったように先を歩く双葉様。
赤く染めた頬は、本当に照れただけなのか。
それとも…。
少しでも貴女の心に私が入りこめているのなら…
「それほど、嬉しいことはありません。」
また小さく呟いた私を振り返り、貴女は困ったように微笑んだ。