サクラソウ

□仲直りの印
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舞踊のお稽古のあと、部屋で絵巻を読んでいたら、侍女から一通の文が届けられた。


「文…七隈から!」


海野七隈。
六郎の双子の弟で、信幸兄上の小姓。
沼田城に信幸兄上と移り住んでしまったから、それ以来、こうして文のやり取りをしている。


「ふふっ…!みんな元気そう…。」


信幸兄上や、小松義姉上のことも書いてくれるから、会えなくてもまるで近くにいるようにみんなのことを知ることが出来る。
もちろん、私もこちらのことを文にしてすぐに御返事を返している。


「んー…。何を書こうかな。」


文を読み終えた私は、早速、机に向かい御返事を書き始める。
今はこうして仲の良い私と七隈だけど、私が幼く、まだ七隈に心を開いていない頃は、毎日がケンカの日々だった。

私は幼く、考えも浅はかで、自分勝手。
七隈は信幸兄上以外は誰も信用しないという態度だった。


そして、ケンカの原因は、幸村兄上のこと。



*****



「幸村兄上!見て下さい!可愛いお花!」

「うむ、愛らしいのう。」

「はいっ!」

「だが、お主の方がその花の何倍も愛らしいぞ。」

「えへへっ。」


お天気のいい日は、お勤めの合間をぬって幸村兄上が城の庭でよく遊んで下さった。
信幸兄上は、お勤めが忙しくてなかなか遊んでは下さらなかったけど、幸村兄上が遊んで下さるから寂しくはなかった。

でも、お勤めがあり、決してお暇じゃないことは子どもながらに知っていたから、後ろめたい気持ちももちろんあって…。


「あの…兄上…。お仕事は、大丈夫なのですか…?」

「ん?」

「お忙しいのでしたら、私のことはいいですから、お仕事へ…。」


我儘を言ってはいけない。
だけど、行ってほしくない。
色々な気持ちが交差する。
だから、はっきりとは言えなかった。

でも、幸村兄上はそれを察して、いつも私の頭を撫でながら、笑顔でこう答えてくれた。



「何を言う。双葉に寂しい想いをさせぬのも、わしの務めだ。」

「兄上…はいっ!」


大好きな大好きな兄上。
遊んでくれるところも、側にいてくれるところも、暖かくて大きな手も、煙草の匂いも…兄上をとりまく全てのものが大好き。


ただ…


「若っ!!」

「どこにおいでかと思えば…。」


同じ顔、同じ声、同じ容姿の兄上たちの小姓たちをのぞいて。


「おお!2人そろってどうしたのだ?」

「どうしたではありません!信幸様がお待ちです!」


幸村兄上の小姓、双子の兄弟の兄・海野六郎。
六郎は真面目だ。ものすごく。
私が子どもだから、私にはものすごく甘い。
でも、兄上にはものすごく厳しい。
ううん。私以外の全ての人に厳しい。
だから、私はだいぶ六郎には心を開いていた。

けれど…


「全く…どうしようもない城主ですね…。」

「七隈、口を慎みなさい。」

「貴方も物好きですね。このような上田はこんな人が城主となって大丈夫なのですか?」


大きくため息をついたのは、信幸兄上の小姓、双子の弟の海野七隈。
七隈は、幸村兄上のことをダメだ駄目だと言う。
まだ上田に来て日が浅いくせに、私の大好きな兄上のことを悪く言うのがすごく嫌だった。

そう、だから決まってこうなる。


「何にも知らない癖に…兄上のことを悪く言わないで!!」

「双葉様…これは大変失礼いたしました。」


私に気付いた七隈は、私の方へと姿勢を正し、頭を下げる。
心のこもってない、ただのお決まりのような謝り方。
こういう態度も、幼い私の心に火をつけるには十分だった。


「心がこもってない!悪いことをしたら、ちゃんと謝らねばならないのですよ!?」

「何がお気に召さなかったのか存じ上げません。私はきちんと謝罪したつもりですが。」


しれっとした態度。
父上にも、信幸兄上にも、幸村兄上にも…城の大人に教えてもらった謝り方とは全然違う。
私より大きい七隈がちゃんと謝れないなんて…。
どっちが子どもだかわからない。

…そうだ!


「そう。謝り方も知らないなんて、七隈は私より子どもなのですね。」

「なっ…!」


七隈が言葉に詰まった。
ちょっとした優越感。
知らずに笑顔がこぼれる。


「だってそうでしょう?謝り方なんて子どものうちに覚えるものです。貴方は私よりも体が大きいけれど、心は私より子どもです!」

「言わせておけば…。貴女こそ、一国の姫君がそのような憎まれ口をたたくなど、有り得ないことだと思いますが?」

「なっ!!」


今のはカチンと来た。
今度は七隈がしてやったりという顔をしている。
面白くない!


「おやめなさい!二人とも!」

「六郎…だって!!」


私たちの間に入った六郎は私に目線を合わすように膝をつき、私を宥める。
それでも、怒りは収まらない。
大好きな兄上を侮辱するのはゆるさないんだから!


「双葉、七隈。」


私がもう一言言い返してやろうとした時、今まで黙って聞いていた幸村兄上が口を開いた。


「はい、なんでしょう?兄上。」

「何ですか…。」


兄上は私たちを見ると、にっこりと笑顔を見せ、衝撃的な一言を放った。


―――そして。
私たちは今、狭い物置のような部屋に閉じ込められている。


1時間前―――


ついてこいと言われ、ついてきたところは城内の奥にある小さな小部屋。
物置ぐらいの広さしかない部屋に入れと言われ、しぶしぶ2人で足を踏み入れた。

その瞬間。


ガッション!


「は!?」

「仲直りが出来るまで、お主たちはここから出てはならぬ。」

「え!?」


幸村兄上は、それはそれはいい笑顔で扉に鍵を掛けた。


「な、何を…!?私には勤めが…!」

「信幸兄上が自分の妹と小姓が仲が悪いことを喜ぶと思うか?わしは双葉と六郎は上手くやってくれているのを見ているから良いが。兄上は悩んでいると思うのだ。だから、仲直りをするまでここで反省をするのだ。良いな。出てはならんぞ。」

「ちょっ…兄上ー!?」


―――と、いうことで、私と七隈はこの部屋にいる。
もちろん、七隈の機嫌は悪くなるばかり。
一言も声を発することなく、ただ黙って座っている。
私から歩み寄るつもりもないため、閉じ込められてからはずっと沈黙状態だ。

日はだんだん低くなり、夕暮れをむかえようとしている。
気温も下がって来たのか、少し肌寒く感じる。


「くしゅんっ!」


思わずくしゃみが出た。
自分が思っている以上に体は冷えているみたい。


「寒いのですか?姫様。」


ここに入って初めて七隈が声を発した。
心配してくれたのだろうけど、意地っ張りな私は素直には受け止められなかった。


「さ、寒くなんてありませんっ…くしゅんっ!」


ああ…私のバカ…。
強がっているのがわかりやすい。
七隈はため息をつく。
面倒だと思われているのだろうか。
顔色も窺えずにいると、肩に暖かい感触を覚えた。
ふと振り返ると、七隈の上着が掛けられていた。


「七隈…?」

「風邪を召されては大変です。羽織っていて下さい。」


そう言ってふいっと顔をそらす。
耳が赤い…照れ隠しのつもりだろうか。

けれど、やっぱりこういうときは七隈の方が年上であることを実感する。
素直になれないのはお互い様だけれど…。
私は小さく笑みをこぼすと、羽織りごと七隈に背中から覆いかぶさった。


「なっ!ひ、姫様…!?」

「七隈だって寒いはずです!私が温めてあげます!」


私はにっこり微笑んでぎゅっと七隈の首に抱きつく。
七隈は最初は慌てふためいたけれど、やがてため息をついて大人しくなった。


「まったく…姫君のすることではありませんね。」

「姫、姫ってうるさいですね!私は姫である前に人です!真田双葉です!貴方だって…小姓である前に一人の人です。」


ぎゅっと抱きつく手に力を込める。
勇気を振り絞るために。


「さっきは…ごめんなさい…。」

「姫様…。」

「大好きな幸村兄上のことを悪く言われて腹が立ちました。だけど…言いすぎです…ごめんなさい…。」


大好きな人の悪口ってすごく嫌だ。
幸村兄上だけじゃない。
信幸兄上や六郎、そして七隈のことをわるく言われても私はきっと同じことを言い返す。


「私の方こそ、軽率でした…。申し訳ありません…双葉様…。」


さっきとは違う、本当に心から謝っている。
気持ちがちゃんと伝わる。


「なんだ…出来るじゃないですか。」

「それは…まぁ、貴女よりも、年上ですから…。」


私たちは顔を見合わせると、どちらからともなく笑い合った。
六郎の笑った顔は綺麗だけど、七隈は年相応という感じだ。


「あ!そうだ!」

「?」

「えっと…あ、あった!…はい!」

「これ、は…?」


私は七隈に一つの根付けを手渡した。
小さな桜貝のついた根付け。
前に海へ行ったお城に仕えてる人がお土産にと桜貝の貝殻をいくつか持ってきてくれた。
それを、根付けにしてもらったものだ。


「仲直りの印!私と、七隈だけの秘密です。きれいでしょう?」

「…はい…。良いのですか…?」

「うんっ。」

「ありがとう、ございます…。大切にします…。」


そう言って、七隈は大事そうにぎゅっと握りしめた。
その時、嬉しそうに微笑んだ七隈の笑顔は、子どもながらに、とても綺麗だと思った。

その日以来、私と七隈の仲が悪くなることはなくなり、上田から七隈がいなくなる時はおお泣きするほど、大切な存在になっていた。


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